書評 井上雅雄 著『戦後日本映画史』@図書新聞 2023年1月14日号 付
・・・・・・本書でとりわけ興味深かったのが、第9章の「大映の製作効率」についての論究だ。1953年から56年までの平均の撮影時間の推移が、その内訳(事故・準備・実働)とともに紹介され、細かな分析がおこなわれている。この期間は、産業全体で映画の量産化が進み、大映としても不本意ながら、その潮流に合わせて、製作本数を増加させなければならなかった。著者は大映が製作効率を上げるために、どう対応したのかを、表を用いてわかりやすく解説している。
さらに、より製作の内情に踏み込むべく、芸術的に評価されてきた溝口健二と成瀬巳喜男に注目し、彼らが大映で撮った1953年の映画、前者は『雨月物語』と『祇園囃子』、後者は『あにいもうと』を具体的事例として考察している。製作コストとその内訳、スケジュール、撮影の進行の様子など、製作の内情を記録した貴重な資料を読み解きながら、両者が意識的/無意識的に、いかに「撮影の効率化」に配慮した映画作りを実践していたのかが、伝えられる。
こうして、本書は大映に注目して考察を進めながらも、同時に1950年代に東映や日活の急伸によって、企業間競争が激化していく仕儀、さらにテレビ産業の台頭で変化を強いられる映画産業の状況などを、章ごとに細かく時代を区切りながら、丁寧に分析している。
・・・・・・・最後に、本書は本文の精緻な記述もさることながら、驚かされるのが、各章の末尾に記された注の充実ぶりである。著者のこれまでの著作にも言えることだが、決して簡素な補足説明というものではなく、関連の情報が濃密に詰め込まれたものとなっている。注の部分をうまくまとめれば、新たな論稿ができそうな思いさえ抱かせる。著者が病と闘いながらとことん追究した戦後日本映画史の世界が本書の隅々まで広がっているのである。
戦後日本映画史 企業経営史からたどる
井上 雅雄 著
2022/09/30
ISBN 9784788517813
A5判512ページ 定価 5,720円(本体5,200円+税)
在庫 在庫あり
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