書評 中山 元 著『わたしたちはなぜ笑うのか』 2022年2月5日付「図書新聞」に掲載
中山 元 著『わたしたちはなぜ笑うのか』の書評が2022年2月5日付「図書新聞」に掲載されました。
評者は木村覚氏。ご書評くださいました先生、掲載紙ご担当者さまにこころよりお礼申し上げます。ありがとうございました。
人々の間に平等を回復させる笑いの力
・・・・・・中山によれば、中世までは自然な営みでしかなかった笑いが、近代になり人間の心身の関係を説く際の研究対象の一つに位置付けられる。そこで笑いは、身体の痙攣的な動作をうむがゆえに非理性的なものとみなされ、病的で、否定的に扱うべき対象とされてしまう。自分の弱さゆえ他人を冷笑するたぐいの笑いに着眼するホッブスの考察は、その典型であろう。ホッブスの優越の理論に言及した後、中山は「ルネサンスまでの社会的な笑いが、社会的な統合を強める側面に注目していたのにたいして、こうした優越感の理論は、社会の内部での対立する側面に注目するものだと言えるだろう」(143頁)と整理する。
その後の中山の論調は、否定的な側面を強調する近代の笑い論から離れ、共同体を構想する笑いの積極的可能性へと活路を見出そうとする。眼差しは、スピノザ、カント、ニーチェ、バタイユなどへと向けられてゆく。そして最後に、フランクルのユーモア論が「治癒」の問題として取り上げられ、本書は終幕する。近代に陥った、笑いを否定的にうけとる立場から自由になって、むしろ共同体をうむ力としての笑いに可能性を求める中山の視点は、現代的な笑いの問題点を照らし出すことだろう。笑う=嗤う状況がSNSの発達によって可視化されると、笑い=差別を排除する勢力によって笑いは悪者にされてしまう。その結果、その潜在的な力を発揮できぬまま、笑いはダイナミズムを失いつつある。社会的な統合を強め、人間の間の平等を回復させる笑いの力の存在に、私たちは目を覚ますべきであろう。本書は、その気つけ薬となるのにふさわしい論稿である。
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