書評 堀井 一摩 著『国民国家と不気味なもの 』@「週刊金曜日」 2020年5月22日
堀井一摩 著『国民国家と不気味なもの 』 の書評が5月22日 2020年 付「週刊金曜日」に掲載されました
評者は高原到氏。
評者の先生、掲載誌ご担当者さまに心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
・・・・・・精神分析の泰斗フロイトは、「不気味なもの」とは新奇性や疎遠性をおびたものではないと言う。むしろ、馴染みのもの・旧知のものが抑圧をかいくぐって回帰してきた時に、私たちは「不気味さ」を感じるのだ。
この意味で、生物がその進化の過程で切り離していった遺伝子の断片とされるウィルスは、まさに人間を含んだ生物一般にとって、旧知のものの不気味な回帰にほかならない。それは国境線や社会的階層の区別を跨いでどこにも出現する。動物と人間、生と死といった生命的存在の最古層にある境界さえ越境し、差異と境界によって成り立っている私たちの文明社会の秩序を根底から揺さぶる。しかし、こうした文明の危機においてこそ、文学はその固有の光を放ってきた事実を忘れてはならない。カミュの名作『ペスト』が、絶望の渦中にかすかな希望を灯す物語として世界中でベストセラーになっているのを見るがよい。「日露戦後文学の〈うち〉なる他者像」と副題された重厚な近代文学研究である本書も、一見そうは見えないが、まさに今だからこそ読まれる価値がある書物である
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フロイトの「不気味なもの」を導きの糸に、日本における近代国民国家の完成期と目される日露戦争後の文学表現に照準し、成立したばかりの国民国家を脅かす攪乱要素の多様な回帰を看取してゆくのが、筆者の戦略だ。例えばそれは、天皇の兵士へと鋳造された男たちの男色的な関係であり、社会から排除され家庭へと封鎖された女たちの蠱惑力であり、苛烈な戦場で四股引きちぎられる酸鼻な死であり、人間の深層で炯々と目を光らせる動物の群れである。これら「不気味なもの」の中で、とりわけ興味深いのは、近代史上最大のフレームアップたる大逆事件において、時の権力者山縣有朋が、幸徳秋水た社会主義者を「革命という流行病(パンデミック)」をもたらすコレラやペストのような「病毒」の隠喩で語っているという指摘だ。当時、思想犯罪と防疫を管掌していたのんはともに警察権力だった。社会主義という、国民国家にとって不気味な異物を、警察は「疫病」として隔離し、司法は死刑という形で「減菌」したのである。
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国民国家と不気味なもの
日露戦後文学の〈うち〉なる他者像
堀井 一摩 著
2020/03/31
ISBN9784788516786
4-6判・408頁
定価 本体3,800円+税
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