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2020年6月22日 (月)

書評 堀井一摩 著『国民国家と不気味なもの 』 6月27日 2020年付「図書新聞」

堀井一摩 著『国民国家と不気味なもの の書評が6月27日付 2020年「図書新聞」に掲載されました
評者は中山弘明氏。

評者の先生、掲載紙ご担当者さまに心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

近代日本における国民国家を倒壊する不敵な場

・・・・・・

本書の読みどころの一つは、こうした幻想文学論的テクストを乃木希典の殉死をめぐる国民の同情と反発をめぐる言説の精査を通じて、〈殉死〉と乃木表象の有り様から漱石の『心』と芥川の「将軍」へと繋げていく展開にあるだろう。乃木の殉死は、本来こうした「文明国」にあるまじき死の不安を隠している。それは武士道が本来内包する男色的欲望に満ちた、不敬の意味さえ隠蔽していた。こうした乃木にまつわるネガティブな感情は、〈うち〉に密かに伏流して『心』にたどり着く。『心』をめぐる著名な論争の経緯で、「先生」の恋と「血」のレトリックは様々に議論されてきた。それがこうした国民国家の秩序を自壊させる男色的欲望を隠していることは、近代的セクシュアリティの断面に迫ったテクストであるだけに、当然たどり着く問題と言えよう。しかし幻想文学を起点として見えてくる光景として一つの新鮮さを持つだろう。

今一つの読みどころは、後半、大逆事件をめぐる言説にそれを繋ぎ、特に平出修「逆徒」を心理小説として読む試みだ。この裁判が本来、被告の思想信条を問うことをもくろみながら、小説はその心理に焦点化することで、そもそも判決に先だって先験的に「無政府主義者」が存在したわけではなく、判決を下す行為遂行性の中から遡及的にそれは派生したものにすぎないという司法という近代知の陥穽を明らかにしていく。近代知というなら、不敬をめぐる二つのテクスト幸徳秋水『基督抹殺論』と鴎外「かのように」を連鎖させることで、近代史学の成立をつげるはずの久米邦武「神道は祭天の古俗」をめぐる筆禍の、天皇制神話と実証史学の背反を跡づけていく。こうした国民国家の虚構性を密かに暴き、それを「よそよそしいもの」に反転させ不気味なものを召喚する著者の執拗な追跡は熱を帯びている。

 最後に本書への不満と今後の期待を付記しよう。まず「日露戦後文学」と国民国家を論ずるに当たって自然主義への論及がないのはいかにも物足りない。広津柳浪から岩野泡鳴まで、悲惨小説や自然主義の表象はしばしば「怪物」的なものを顕在化させた。その意味で、鏡花、漱石、芥川、大逆事件と結ぶ本書の線引きはいささか荒い。こうした自然主義と日露戦後文学の射程は、本書に言及の少ない渡部直己やすが秀実の著作の中で、これまで精緻に論及されてきてた。例えば『蒲団』における女の排除と「匂い」の問題、そして『破戒』における差別と天皇制の議論。いずれも国民国家を問う上で避けることが出来ないように思うがどうか......
......
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とまれ、「不気味なもの」はクールジャパンを誇る現代日本にも伏在する。無政府主義や社会主義が「伝染病」の表象として「駆除」された現実は、確実に我々の問題だ。そのことを確かに知らしめる好著である。

 

 

9784788516786 国民国家と不気味なもの
 日露戦後文学の〈うち〉なる他者像
 堀井 一摩 著
 2020/03/31
 ISBN9784788516786
 4-6判・408頁
 定価 本体3,800円+税






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