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2020年4月20日 (月)

書評 平川祐弘編『森鴎外事典』@毎日新聞 4月18日付/2020年

平川祐弘編『森鴎外事典の書評が、「毎日新聞」4月18日付/2020年に掲載されました。評者は持田叙子氏。ありがとうございました。評者の先生、書評欄ご担当者さまにこころからお礼申し上げます。


 

・・・・・・夏目漱石とならび立ち、明治大正の世に新鮮な海外の文化を伝えた。個人を尊重した。国境をこえる学問と芸術の自由を重んじた。近代日本の内面をささえた。しかるに今も人気の漱石に比べ、鴎外はあまり読まれない。文庫の刊行も少ない。永井荷風も泉鏡花も三島由紀夫も、その他多くの近代作家が鴎外の端正な文章に学んだ。この人を忘れてどうするのか。
 そこへこの快挙である。鴎外と漱石を先駆的な<和魂洋才>の人として高く評価してきた比較文学の泰斗・平川祐弘氏が立った(以下、敬称略)岩本真理子、金子幸代、清水孝純、山口徹、山崎一穎、劉岸偉、高橋修司、吉川節子など43人の研究者が参集し、初の事典が成った。744ページ、338事項。

 ふつう事典というと書き方を統一し、各事項を常識的にまとめる。この事典はちがう。おなじ一つの事項を異なる角度で数人が書くこともある。論文の域に突入する深堀り系もある。個性的なデコボコがあって、そこに味がある。「既成の鴎外についての決まり文句」を「破砕する新見解」がある方がいい、と編者はいう巨大なカリスマとして鴎外を固定しない。批評しつづける。その精神は鴎外に似あう。生き生きと未来に鴎外をひらく事典である。
 その意味で医学の事項がまず目を引く。鴎外は陸軍軍医総監をつとめた。日清・日露戦争に従軍し、朝鮮・満州・台湾などにおもむいた。兵の栄養と衛生を管理した。専門はとうじ新しい衛生学である。『衛生学大意』の大著がある。重要な分野だが一般ファンにはしんどい所。ここを本書はよく案内する。今まで分離されてきた鴎外の医学と文学を密につなげる。
 とくに医学畑の執筆者・西沢光義が快刀をふるう。
・・・・・・
 新しい知見の目白押しである。『舞姫』エリスのモデルは誰か、という研究レベルとは異なる地平が見えて胸がおどる。鴎外はヨーロッパより早く、全陸軍に腸チフス予防接種を行った。安楽死や永年術(マクロビオチック)の問題を考えた。それらを小説『高瀬舟』『金毘羅』などに反映した。
・・・・・・
 他にも読みどころは多彩だ。女性の社会進出へのあたたかい応援や、明治日本に留学した魯迅と周作人への影響なども一般にはあまり知られない。

 人の心をよく汲み、最先端の細菌学を知り、自身の結核菌とも生涯ひそかに戦った鴎外。もし今のコロナ禍にいたら、国家中枢で公衆衛生にどのような腕をふるったであろうか。約100年前に死んだ鴎外の顔がにわかに大きく鮮やかに迫る。学問芸術の自由な発展を「妨げる国は栄える筈がない」が信条だった。

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森鴎外事典

 

平川祐弘 編『森鴎外事典』
出版年月日 2020/01/10
ISBN 9784788516588
A5判・770頁  定価 本体12,000円+税



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