新刊 佐藤公治『音を創る、音を聴く』
佐藤公治 著
音を創る、音を聴く
四六判304頁・定価3360円
発売日 12.07.25
ISBN 978-4-7885-1295-5
見本出来ました。7月24日配本です。7月26日ごろ書店に並びます。
はじめに 評論家・小林秀雄が書いた小さな文章がある。「美を求める心」という題名で昭和32年に書かれたものである(『小林秀雄・全作品21』新潮社)。若い人たちに向けて書いたものであるから実に平易な文章である。小林は美しいものを観、聴いた時の感動は私たちの心の中に真っ直ぐに入り、私たちの心を波立たせると言う。そして美しいものは人を黙らせる。美には人を沈黙させる力があるとも言う。
美には人を救う力がある。音楽を聴いて勇気をもらい、絶望から救われた経験は誰でも持っているだろう。その時の感動を言葉で言い表してみよと言われてもできない。仮に言葉で言ってみても、言葉を口にした途端に、むなしくなってしまうのである。そんなものではなかったと。
今、私たちの生活の中で、そして学校の中でコミュニケーションの力、あるいは言葉と対話の力が衰え、細くなっている。だからコミュニケーション力をつけよう、育てようというわけである。他方で、このこととはまるで逆行するようにコミュニケーション・ツールはどんどん進化しているし、発信される情報で溢れかえっている。インターネット情報、ツイッター、そして携帯電話。もちろん、それらのコミュニケーション活動はカッコ付きのコミュニケーションである。
私たちはその人の声、身体から出てくる生身の言葉を聴かなくなってきている。あるいは芸術にふれていく場合でも、作品に直接目と耳でふれなくてもコピーされたもので済ませてしまうことが多くなっている。映像や録音というその場で直接身体を通して経験することのない世界は、私たちの身体運動的経験を貧弱なものにしてしまっている。同時に、ヴァーチャルな情報や記号によって抽象化された情報で頭の中をいっぱいにしてしまっている。それでもまだコミュニケーション力が足りないという。
学校教育では間違ったコミュニケーションのための教育や対話論が横行している。もちろん、それは学校現場だけの話ではない。流暢にしゃべること、人とうまく話ができること、人に自分の考えをうまく伝えることがコミュニケーションや対話の力であると、思い違いをしている人たちが多い。大事なのは対話関係である。ロシアの言語学者・バフチンは「テキストの問題」(『ミハイル・バフチン著作集8』新時代社)という小さな論文で、対話的活動と対話的関係を一緒に扱ってはならないと言っている。対話的関係は対話する者同士が議論したいこと、話題にしたいことをめぐって反論、同意を求めて声と声をぶつけ、重ねることによって作られる。そして、この対話的関係は時間と空間が隔たっている場合であっても生まれるものである。このようにバフチンは言う
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