新刊 中村英代 著 摂食障害の語り
中村英代 著
摂食障害の語り
――〈回復〉の臨床社会学
11.10.10
978-4-7885-1251-1
46判320頁・定価3360円
の見本ができました。配本日は10月13日です。書店さん店頭には2,3日後到着となります。
あとがき――「闘わない社会学」へのプロローグ
私が最後に過食と嘔吐をした日のことはもうよく憶えていないけれど、おそらく、そこから一五年以上の時間がたとうとしている。これまでたくさんの方に助けられ、こうして本書をまとめることができた。しかし、むしろ本書は、過食や嘔吐を責め立てる人、摂食障害という経験を差別する人、理不尽な治療、いまある摂食障害解釈への疑問等によって生み出された側面が強い。本書の基本的な構想のほとんどすべては私の二〇代に生まれたものだが、当時の私は、それまで受けた治療やいろいろな経験のために、専門家や大人たちの摂食障害の取り扱い方に怒っていた。だから、もしかしたら、本書のどこかには、若かりし頃の私のそんな闘いのモードがかすかに残っているかもしれない。
しかし、闘いで社会は変わるのだろうか。何かを批判して、誰かを告発して、私たちは癒されるのだろうか。本書の元になる原稿を何度も読みかえし、リライトを進めていく長い時間のなかで、私はもうずっとこんなことを考え続けている。そして、元の原稿のところどころに散見される攻撃的な雰囲気が、すっかり嫌になってしまった。論文を書く作業に気持ちをぶつけていくことしかできなかった無力感を、私はまだリアルに憶えている。フェアじゃないことに腹を立てる生真面目かつ窮屈な、若い正義感もよく憶えている。そうした時期もまた、ひとつの通過点として必要だったのだろう。でも、いまの私は、もう別の場所に行きたいのだ。
先行研究を批判し、ほかの専門家と闘い、自己の議論の優位性を主張する。こうした知的ゲームには、学問を押し進めていく力がある。あえてそうしたゲームに乗ることは、研究という営みの作法でもあるから、それ自体を否定しようという気は全くない。けれども、批判や告発の言葉をできるだけ使わずに、やさしい気持ちのままでとは言わないにしても、少なくとも攻撃的ではないスタンスで学問ができないものだろうか。誰かの怒りは別の誰かへと連鎖し、増殖し、循環していく。こうして意味のない攻撃や闘いや競争、そして批判のためだけの批判がたくさん生まれる。研究の領域でも、日々の生活のなかでも。こんな循環から、物事がよくなっていくなんて思えない。
私は、ほかの研究者や臨床家や仲間たち、いま苦しみのただなかにいる人たちと協働して、摂食障害という問題、そして私たちを苦しめるさまざまな生きづらさに取り組んでいきたい、という思いを込めて本書を書き直してきた。立場や学派が違っても、ある問題の解明や解消という目的を共有している者同士が、つながれないはずがない。もしつながれないとしても、無意味に闘い合う必要はない。
こうして私は、闘わない社会学、受容とか信頼をベースにした社会学について考えるようになった。闘わないというスタンスは、受動的・迎合的に維持される種類のものでは決してない。そのポジションを意志的に選択し続けるという、ひとつの力強い実践だ。批判や闘いに安易に流れるよりも(それは時に、あまりにもたやすい)、信頼や希望にぐっと留まり(これは時に、あまりにも難しい)、身近な世界を肯定し、理解不能で理不尽な他者を排除せず、彼らと協働して社会をつくっていく方が、よほど困難なことのように思う。
この種の困難を引き受けていくタイプの社会学としては、どんなプロジェクトが構想できるだろう。いまはまだよくわからないけれど、私は、こうした方向性がはらむ、社会を変えていく力強さや、理不尽な生をも軽やかに飲み込んでいく懐の広さに期待したい。実践となるとそれはとても難しそうだが、自分のできる範囲で、いろいろと工夫しながら、おそらく多くの場合失敗しながら、ゆっくり取り組んでいきたい課題だ。
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