P・コナトン 著 芦刈美紀子 訳 社会はいかに記憶するか
いかなる始まりにも回想(リコレクション)という要素が含まれる。これはひとつの社会集団が協力して、完全に新しいスタートを切ろうとする場合に特にあ てはまる。計画された創始の本質にこそ、完璧な恣意性というものが備わっている。創始にはしがみつくべきものは何ひとつない。それはどこからともなく立ち 現れたかのようにみえる。始まりの瞬間、その創始者は一時性の連鎖を断ち切り、一時的な秩序の連続から一瞬にして脱出するかのようだ。実際、創始者たちは その経験の実感を、新しい暦の発足によってしばしば記録してきた。しかし、完璧に新しいことは、ほとんどありえない。それは完全に新しいスタートを切るこ とが非常に難しいだけでも、また昔からの義理や慣習が多すぎて、既存の古いものが新しい企ての台頭を妨げるだけでもない。より本質的に、経験のすべての モードにおいて、その経験が仮にも理解可能であることを確実にするために、その経験を以前のコンテクストに基づいて理解することが必要である。つまり、わ れわれの知性はどのような経験にも先立って、その輪郭、その経験の対象の典型的な形状についての枠組みを用意しているといえる。対象を知覚し、それに対し 決断を下すことは、対象をこの予期のシステムのなかに位置づけることにほかならない。その時々の経験という見地から定義すると、知覚者の世界は回想に基づ いた予期の体系からなるといえる。
歴史の創始がどのようなものであるかを想像しようとして、近代の想像力は幾度となくフランス革命という出来事に引き戻されてきた。この歴史的破壊は、何 ものにもまして近代の神話という地位を主張し、きわめて迅速にその地位を得ることになったのだ。十九世紀のヨーロッパ大陸における歴史的思考は、まさに革 命の瞬間に集約される。この革命は、変化の循環から新しいものの到来へと、歴史の意味自体を変容させた。後から来た者にとって、現在とは英雄時代の後に倦 怠に陥った時代、または、再発への期待と恐れの交錯する予感に満ちた慢性的な転換期と受けとめられてきた。革命の空想はヨーロッパの心臓部を超えて広がっ た。十九世紀後半になると、人々はキリスト教徒の最初の世代が終末の神話を生きたのと同様に、革命の神話に生きるようになっていた。一七九八年にカントは すでに、この種の現象は二度と忘れ去られることはないと述べている。
しかし、この創始は歴史の始まりという神話を人々に供給するだけではなく、より純然と、すべての明示的な始まりにおける回想の重要性を浮き彫りにする役 割を果たす。回想の作用は、明示的あるいは暗示的に、また経験のさまざまなレベルにおいて多様に機能してきた。しかし、ここでは特定の議論に的を絞るため に、回想が社会的活動のある二つの異なる領域において、いかに作用するかという点に注目したい。その領域とは、記念式典と身体の実践である。・・・・・・
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