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角川財団学芸賞 小熊英二氏『1968』(新曜社刊) 選評

12月6日(月)東京會舘12階 ロイヤルルームにて第32回角川源義賞 第8回角川財団学芸賞の贈呈式が催されました。主催 財団法人 角川文化振興財団。

角川源義賞 《文学研究部門》 揖斐 高氏 
『近世文学の境界――個我と表現の変容』(岩波書店刊)

選考委員会より 「徳川文化の内奥の手ざわり」(芳賀徹氏)

角川源義賞 《歴史研究部門》 前田 勉氏 
『江戸後期の思想空間』(ぺりかん社)

選考委員会より「近世思想史の新しい視座」(脇田修氏)

角川財団学芸賞 小熊英二氏
『1968』(新曜社刊)

角川財団学芸賞選考委員会より

「根源的総括」(鹿島茂氏)

「一九六八年前後に高揚を見た学生運動の根源的な総括が、運動を実際には経験していない世代の小熊英二さんによって行われたことは一つの必然であると同時に快挙であると思います。
必然というのは、当事者であった私たちの世代ではこれほどまでに巨視的かつ客観的な判断は下せなかったからです。やはり、時代から距離を置いた研究者でなければ、こうした「現代史」は書き得なかったに違いありません。
一方、快挙というのは、小熊英二さんという人並み外れた膂力に恵まれた書き手がいたからこそ、歴史的にも異常に突出したこの時代をほぼ完璧に描き切ることが可能になったという意味です。・・・・・・
しかし、これらの長所・美点をすべて認めた上で、歴史の当事者の一人としては、クロード・シモンが『草』という小説の冒頭として掲げたボリス・パステルナークの言葉「だれも歴史をつくりはしないし、見ることもない。草が生長するのを見ることがないように」を繰り返すほかはありません。生長する草の間にいた人間にとって、「これが草だ」と言われても、「なるほど、草かもしれない。だが、私が草いきれを嗅いでいた草は少しそれとは違うのだ」と小声でつぶやくことになるのです。

「壮大な同時代史」(福原義春氏)

「私たちは忘れてしまったようにしているが、実は忘れられない、忘れては行けない歴史のあったことを上・下二千頁を超える大著が改めて教えてくれた。
同時代史というものの重要性は誰もが認識しているものの、得てして実存する人物を証人として語らせる時、往々にして客観性を失う危険についても経験している。今日論じられている明治維新の出来事についての歪んだ解釈がその例証である。
六〇年代安保闘争から七〇年代に及んで、全共闘を一つの軸にして展開し屈曲して行く歴史の流れとさまざまな襞を記述するのに使われた方法は、残された無数の一次資料や回想記などを悉皆的に収集して読み解くことであった。そこでこの大部の研究は、ある意味で客観性と将来に残る二次資料としての価値を併せ持つ文献ともなった。
恐ろしいほど読みごたえのある本だが、これが読めてしまうということは、第一にその方法の成功であり、第二に読者をも共に考えさせてしまう提示の仕方にある。同時代を過ごした人々も、この時代が終わった後に生まれ育った人々も、今日の日本社会はここに取り上げられたような過去を背負った歴史的現実であることを改めて考えざるを得ない。・・・・・・

「天晴れな力業」 (山折哲雄)

「六〇年代、日本列島を襲った「学生叛乱」についての、同時代的な診断書である。運動にまきこまれたさまざまな人間たちの証言をつらねたドキュメンタリーとしても異色のものだ。著者はその後の世代に属するが、たんなる後追いの外形的総括の域をこえ、自身の内的エネルギーを総動員して対象に挑みかかっている。

まず、この叛乱の時代を一挙にワシづかみにしようとするときの発想と展望が鮮やかで、説得力に富む。六〇年安保で象徴される時代、若者たち覆っていたのは戦後の飢餓と貧困、そして戦争への恐怖といった重圧からくる「近代的不幸」だった。これにたいして六八年から翌年にかけて発生する「叛乱」の本質は、高度経済成長と消費社会がつくりだした学力競争、閉塞感、無感動、存在感の喪失、などからくる「現代的不幸」にあったといえる。

その「近代的不幸」の時代、日本は発展途上国の段階をさ迷っていたが、またたくまに高度経済成長の波にのって先進国の仲間入りをする。その急激な社会の変質が、叛乱の正義をいや応なく狂気と分裂へとみちびいていった。この変転きわまりない過程を、セクトの活動家、ノンセクトの学生、そして参加し傍観する知識人たちの感想、批評、放言、中傷など、多彩な情報を収集し、選別し、物語化して、一つひとつの事件を浮き彫りにしている。・・・・・・・」

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