書評 エドワード・リード 著/菅野盾樹 訳『経験のための戦い』
エドワード・リード 著/菅野盾樹 訳
『経験のための戦い』
――――情報の生態学から情報の社会哲学へ
の書評がジュンク堂書店さん発行のPR誌「書標【ほんのしるべ】 2010年5月号」に掲載されました。うーむ、みんなにぜひ読んでほしいと思いつつも、まだ書評がでないなあと思っていたところでした。掲載誌、書評下さった(フ)氏に心より感謝申し上げます。
またPR誌「書評は」ジュンク堂さんのサイトでご覧いただけます。
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西洋の哲学的伝統は、その始まりの頃――アテネの偉大な思想家たちの時代から、日常経験を単なる現象として軽視し、実在と現象との間には大きな隔たりがあると力説してきたが、ガリレオが「自然という書物は数学の言語で書かれている」と語った十七世紀の「科学革命」やそれを受けたデカルト哲学を俟って、「真理」と日常経験の乖離は決定的となった。
そうした主潮流に抗った例外は、一次的経験を全ての意味の根源とみなし、デカルトの知覚理論を拒んだジョン・デューイ、他人の経験から学びたいという本物の欲求を持ち続け、語るためにも聴くためにも行脚を続けたウィリアム・モリスらを数えるばかりである。
「デカルトは彼の科学によって現代世界を先取りしたが、それ以上に不確実性を恐怖したことで真に現代世界を先取りした。」とリー ドは言う。確かに現在、分業化・オートメーション化された製造業やマニュアル化されたサービス業の労働現場、そしてまた教育現場も、「不確実性」への恐怖 に支配されている。
デューイやモリスの衣鉢を継ぐリードは、ジェームズ・ギブソンのアフォーダンス理論に依拠し、自力で見、触り、味わい、聞き、嗅ぐことができるものだけで 構成される「一次的経験」こそあらゆる心的生活の基盤である、と説く。「生きているということは、危険を享受(エンジョイ)し、間違いから学ぶことであ る。」
間違える勇気が経験と希望を生み、その共有を可能にして社会を形成する。リードの思想は、二次元のモニター画面を世界のすべてと錯覚しがちな現代人に、是 非とも届けられるべきである。(フ)
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