毎日新聞記事 「望遠・広角」
毎日新聞2010年2月2日付、夕刊「望遠・広角」に
小熊英二『1968』巡る議論が示すもの
が掲載されました。記事は鈴木英生氏。
小熊英二・慶応大学教授の大著『1968』は、上下巻計2000ページ以上を費やして全共闘運動などの「反乱」を描いた意欲作だ。刊行から約半年間、各紙誌で賛否両論がにぎわってきた。一部であの時代の総括の書と見られた大著は、逆に「68年」と地続きの言説群を、改めて浮かび上がらせた。・・・・・・・記述方法などで、明確な批判もある。富田武・成蹊大教授(『現代の理論』秋号)や市田良彦・神戸大教授(『情況』12月号)は、記憶のバイアスを考慮して当事者取材なしで書いたのに、同じ可能性を持つ回想記は引用した点を疑問視する。誤植や事実誤認も、富田教授のほか、文芸評論家、近畿大学教授のすが秀実(『en-taxi』秋号)、印刷史研究者、府川充男(『HAN』3号)、鍼灸師、田中美津(『週刊金曜日』12月25日号)の各氏らが指摘している。
本書の分析も、評価は分かれる。たとえば、当時の運動が主張実現の条件を欠き、未熟だとの理解に、市田教授は、むしろ<ろくな指導者も客観的諸条件も欠き、起きるはずもなかったところに起きた、それが「六八年」ではなかったか。そこになだれ込んだ人々は、機など熟していないのに「やっている」自らの「未熟」さなど、熟知していなかったか>(『情況』12月号)と、本書の視点が持つ「党派性」に反論した。
本書の「党派性」にあっては、大学の譲歩で幕を引いた運動が肯定され、東大のようにいわば「玉砕」した紛争は、政治的に稚拙と判定される。作家の笠井潔氏は、本書の示す「政治」の枠を超えて、大学紛争が普遍性を帯びた<叛乱の集団形成やユートピアの「夢」と「暴力」などの問題系>(『小説トリッパー』冬季号)をはらんだととらえていないことなどを批判した。
・・・・・・・本書に絡む議論は、「68年」が、まだまだ歴史にはなれない問いを抱えていると、逆説的に示した。<しかしそれにしても、歴史とはかつての人びとの平均値であろうか>(評論家、長崎浩氏、『情況』12月号)
掲載紙ご担当者、鈴木英生先生にはこころより、お礼申し上げます。
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