書評 小熊英二著『1968』
「学生反乱」敗北の全体像
「上下二千頁を超える大著の重さが主題(「一九六八年」の学生反乱)の重さを語りかけてくる。上巻の表紙は、ためらいがちにヘルメットの紐をしめようとする長い髪の女子学生の写真である。この女子学生は、ヘルメットが機動隊よりもさきに内ゲバから身を守るものであることを知っているのだろうか。
彼女の心象風景と重ね合わせるかのように、著者は冒頭で別の女子学生の言葉を引用する。「(活動家の話を聞いて)感動しました。とてもすばらしいです。でも私には何もないの。それでは闘ってはいけないのでしょうか?」本書はこの言葉で始まり、この言葉の再引用で終わる。
・・・・・・学生反乱はなぜ起きたのか。貧しくても正しい戦後民主主義の時代から豊かではあっても偽りに満ちた高度経済成長の時代へ、この急角度な変動の過程で、社会に大きな断層が生じる。パンドラの箱を開けたかのように、亀裂から空虚感、閉塞感などの「現代的不幸」が飛び出してくる。
本書は、この「現代的不幸」に直面した若者たちの思想と行動の軌跡をたどりながら、「一九六八年」の学生反乱の全体像を明らかにしようとするものである。
・・・・・・二千頁を読み終えても、その場を立ち去りがたかった。敗北が無念だったからだけではない。冒頭の女子学生の疑問にどう答えるべきか、考えあぐねて、確信が持てなかったからである。
・・・・・・本書は、今日に続く「現代的不幸」を克服するための手がかりを与えてくれた。あとは彼らの失敗をどう活かすべきか、私たちが考える番である」
小熊英二著『1968』が2009年8月2日付讀賣新聞にて書評掲載されました。評者は井上寿一氏。
掲載紙ご担当者さま、書評くださいました先生に、こころよりお礼申し上げます。
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