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2014年5月23日 (金)

書評 福岡愛子著『日本人の文革認識』

9784788513631

福岡愛子 著

日本人の文革認識

A5判上製457頁・定価:本体5200円+税
発売日 14.1.15
ISBN 978-4-7885-1363-1

の書評をお寄せいただきました。評者は伊藤隆弘氏。
ありがとうございます。伊藤さまにこころよりお礼申し上げます。





中国の文化大革命は、当初「魂にふれる革命」として発動され、日本でも「永続革命」として評価されたが、その終結後には中国共産党の「歴史決議」によって「十年の動乱」として否定された。(本書3ページ)

 文化大革命は世界的な注目をあびた政変/革命運動であり、本書に登場する人々はおおいに影響を受けそれぞれに「文革」と関わりを持つことになった。自らの思想、生活をいわば文革に捧げたと言っても過言でもない。

 とはいえ、その文革とは本書のタイトルでもある「日本人の文革認識」からくるのである。日中国交正常化が1972年、文革の終結が1977年であり、国交が回復してからも日本にいて文革に関する情報はメディアや政府を介した上からのもので、当時の日本人が文革を十全に知ることは難しかった。

 本書に登場する人物で宇都宮徳馬、秋岡家栄は政治家、新聞記者という一般の市民より特権的に文革を知ることのできる立場にいたが、本書を読むとそのような人物でも十全に把握はできていない。のちに知られることとなる理念とは全く異なる負の文革が当時の彼らには見えなかった。たしかに文革の異常ぶりを認識せざるえないこともあったが、それを上回るほどの魅力に満ちた文革像が形成されたのは彼らの個人史、思想、当時の置かれた状況によるところが大きい。

 本書には様々な経歴、立場の人々が登場する。そしてそれらは主体的に文革と向き合った人々である。


個人やその認識を成り立たせているものの多層構造のなかで、価値は、その個人の内面性・固有性に最も近いものをみなすことができよう。
(中略)
毛沢東思想や文革の理念あるいは文革期の中国に対して、主体的・選択的認識を持つということは、観察対象に対して外在的な認知的情報以上の価値を付加し、それを内面化するということに他ならない。
(本書397ページ)

 

 主体的に選択して内面化した認識だからこそ、その人自身の行動原理として機能することとなる。とりわけ、文革という対象は日中という地理的な距離と中国政府による情報の制限があるために、不足部分をその人の思想や個人史で埋め合わせることとなり、文革への主体性が増す。

 そして、否定。歴史決議によって、また時間の経過とともに伝えられる文革に対する否定的な情報は、主体的に文革を素晴しいものと評価していた人々を脅かす。思いが強ければ強いほど、それは苦痛が増す。強固な確信への疑念。

 本書は歴史決議以降の人々も描き出す。かつての文革礼賛に対して口を閉ざしてしまう人、文革はたしかに行きすぎていたとしつつも毛沢東思想に対しては以降も肯定的な評価を口にする人、文革期の自らの発言と歴史決議の齟齬から狂気に近い精神状態に陥ってしまう人、歴史決議から文革への評価を徐々に修正し新たな自己を模索する人など「以降」の人々の言葉や身の処しかたは様々である。

 世界史的な事件が時を経ることによって少しずつあらわになる事実と、それに伴う評価の移り変わり。そして、そのような世界史的な変遷の事実の記述では埋もれてしまうであろう、人々の声を本書は丹念にすくい上げ響かせている。

 本書のタイトルは『日本人の文革認識』である。ただ、本書は文革だけにとどまらない普遍性のある問題を提起する。それは、大きな事件を経験した人々の「以降」の問題である。たとえば、3・11を経験した日本人はそれぞれの3・11像から発言や行動をしている。そして、現在も情報の不透明さに関わらず、確実に3・11以降の時を経ている。わたしたちのこれからを考えるために本書を読むこともできる。

 最後に本書に登場する只中友子さんの言葉を引用する。彼女は日中友好運動から文革を支持し歴史決議以降、長い時間をかけて文革の否定的な事実を受け入れた。その反省を踏まえた上で、いまも民間による日中友好活動を続けている。

 

あそこは豊かな漁場ですし
きれいな海なんだから
お互い知恵をもってね

じゃここはお互い共有して
月水金は日本がやって、
火木土は中国がやってという具合に
やればいいじゃないかと
わたくしは単純に思うんですけどね
とりっこすることじゃないの
領土なんてものは地球全体のものなんだから
国境をなくす運動だってあるじゃない
何が固有の領土って
両方で頑張ってたって解決つかないじゃない
(本書336ページ)

 

 尖閣諸島に関しては台湾にも沖縄にもそれぞれの歴史があり主張があり、日中間の問題として考えたつぶやきに過ぎないと指摘しつつも、彼女のつぶやきは人々が二度と殺し合わないということだけを願った潔さが貫かれていると本書は書く。

 わたしは複雑な問題でもあることは承知の上、只中さんのつぶやきは美しいと思う。3・11以降、アジア情勢はいまも時を経ている。

 わたしたちのこれからは。

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