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2012年3月30日 (金)

「社会脳シリーズ」刊行にあたって   苧阪直行

「社会脳シリーズ」刊行にあたって   苧阪直行

 

脳というわずか1リットル半の小宇宙には、銀河系の星の数に匹敵するほどの膨大な数のニューロンがネットワークを形成し、相互に協調あるいは抑制し合いながら、さまざまな社会的意識を生みだしているが、その脳内表現についてはほとんどわかっていない。

 17世紀、デカルトは方法的懐疑によって、思考する主体としての自己を「われ思うゆえにわれあり」という命題に見出し、心が自己認識のはたらきを もつことを示した。しかし、デカルトは、この命題を「われ思うゆえに社会あり」あるいは「われ思うゆえに他者あり」というフレームにまで拡張したわけでは なかった。自己が社会の中で生かされているなら、それを担う脳もまた社会的存在だといえよう。しかし、自己と他者を結ぶきずなとしての社会意識がどのよう に脳内に表現されているのかを探る気の遠くなる作業は、はじまったばかりである。そして、この作業は実に魅力ある知的冒険でもある。

 脳の研究は20世紀後半から現在に至るまで、その研究を加速させてきたが、それは主として「生物脳(バイオロジカル・ブレイン)」の軸に沿った研 究であったといえる。しかし、21世紀初頭から現在に至る10年間で、研究の潮流はヒトを対象とした「社会脳(ソシアル・ブレイン)」あるいは社会神経科 学を軸とする研究にコペルニクス的転回をとげてきている。社会脳の研究の中核となるコンセプトは心の志向性(intentionality)にある。たと えば目は志向性をもつが、それは視線に他者の意図が隠されているからである。志向性は心の作用を目標に向けて方向づけるものであり、社会の中の自己と他者 をつなぐきずなの基盤ともなる。人類の進化とともに社会脳は、その中心的な担い手である新皮質(とくに前頭葉)のサイズを拡大してきた。霊長類では群れの 社会集団のサイズが脳の新皮質の比率と比例するといわれるが、なかでもヒトの比率は最も大きく、安定した社会的つながりを維持できる集団成員もおよそ 150名になるといわれる(Dumber 2003)。

三人寄れば文殊の知恵というが、この程度の集団成員に達すれば新しい創発的アイデアも生まれやすく、新たな環境への適応も可能になり、社会の複雑化 にも対応できるようになる。一方、社会脳は個々のヒトの発達のなかでも形成される。たとえば、幼児は個人差はあるが、およそ4歳以降に他者の心を理解する ための「心の理論(theory of mind)」をもつことができるようになるといわれるが、これはこの年齢以降に成熟してゆく社会脳の成熟とかかわりがあるといわれる。他者の心を理解した り、他者と共感するためには、他者の意図の推定ができることが必要であるが、このような能力はやはりこの時期にはじまる前頭葉の機能的成熟がかかわるので ある。志向的意識やワーキングメモリがはたらきはじめる時期とも一致するのである。オキシトシンやエンドルフィンなどの分泌性ホルモンも共感を育む脳の成 熟を助け、社会的なきずなを強めたり、安心感をもたらすことで社会脳とかかわることも最近わかってきた。

 社会脳の研究は、このような自己と他者をつなぐきずなである共感がなぜ生まれるのかを社会における人間とは何かという問いを通して考える。たとえ ば共感からどのように笑いや微笑みが生まれるのか、さらにヒトに固有な利他的行為がどのような脳内表現をもつのかにも探求の領域が拡大されてゆくのである (苧阪 2010)。共感とは異なる側面としての自閉症、統合失調症やうつなどの社会性の障害も社会脳の適応不全とかかわることもわかってきた。

 さて、脳科学は理系の学問というのが相場であったが、近年人文社会科学も含めて心と脳のかかわりを再考しようとする動きが活発になってきた。たと えば社会脳の神経基盤を研究しその成果を社会に生かすには、良心や道徳、さらに宗教については神経倫理学(ニューロエシックス)、美しさや芸術的共感につ いては神経美学(ニューロエステティクス)、何かをほしがる心、意思決定や報酬期待については神経経済学(ニューロエコノミックス)、社会的存在としての 心については神経哲学(ニューロフィロソフィー)、ことばとコミュニケーションについては神経言語学(ニューロリンギスチックス)、小説を楽しむ心につい ては神経文学(ニューロリテラチュア)、乳幼児の発達や創造的な学びについては神経発達学(ニューロディベロプメンツ)、加齢については神経加齢学 (ニューロエージング)、社会認知やワーキングメモリについては神経注意学(ニューロアテンション)、さらにこれらの社会脳の成果を近未来的ブレインマシ ンインターフェースで実現する神経社会ロボット学(ニューロソシアルロボティックス)などの新たな学術ルネサンスがその開花をめざして、そのつぼみを膨ら ませている。

驚くべきことに、いずれも「神経」の後に続くのは多くは文系諸学科の名前であり、社会脳研究が理系と文系の学問を橋渡しし、新たな知識の芽生えを準 備する役割をもつことを暗示している。筆者は鋭い理系のクワをもって豊かな文系(人文知)の畑を耕すことが社会脳研究という先端科学を育てる手だてである と信じている。これらの新領域の学問は上の図のように多様な側面から社会脳に光を当てることになろう。

 さて、科学(サイエンス)という言葉はラテン語の scientia に由来しており、これは知識を意味する。これに、con(集める)という接頭辞をつけると conscientia となり知識を集める意味になり、さらにこれは意識(consciousness)や良心(conscience)の語源ともなり、科学は社会に根差した営 為であることが示唆されている(苧阪 2004)。「社会脳」の新分野は21世紀の新たな科学の研究スタイルの革命をもたらし、広大な領域に成長しつつあるのである。社会脳は人文社会科学と自 然科学が協調しあって推進していく科学だともいえる。

 この「社会脳シリーズ」がめざすのは、脳の中に表現された社会の姿をあらためて人文社会科学の俎上にのせて、これを広く「社会脳」の立場から再検 討し、この近未来の新領域で新たな学術ルネサンスが開花する様子をスケッチすることである。社会脳のありようが人間とは何か、自己とは何かという問いに対 する答えのヒントになることを願っている。本シリーズが社会脳研究の新たな展開と魅力を予感させ、多くの読者がこの分野に興味を向けてくれることを期待し ている。

 社会脳の最近の動向を知りたい読者のためには、英文書籍ではあるが最近出版されたばかりの Decety & Cacioppo (2011)をはじめ、 Cacioppo, Visser & Pickett (2006)、Cacioppo & Berntson (2005)、Decety & Ickes (2009)、Harmon-Jones & Beer (2009)、Harmon-Jones & Winkielman (2007)、Taylor (2002)、Todorov, Fiske & Prentice (2011)や Zelazo, Chandler & Crone (2010) などが参考になろう(巻末文献欄を参照)。一方、本邦ではこの領域での理系と文系の溝が意外に深いため、本格的な社会脳関連の出版物がほとんどないことが 悔やまれる。

 なお、Cacioppo et al. (eds.) (2002) Foundations in Social Neuroscience では2002年以前に、また Cacioppo & Berntson (eds) (2005) Social Neuroscience には2005年以前に刊行された主要な社会神経科学の論文がまとめて見られるので便利である。

 社会神経科学領域の専門誌として、2006年から Social Neuroscience (2006─ )や Social Cognitive and Affective Neuroscience (2006─ )の刊行が始まっている。なお、日本学術会議「脳と意識」分科会(http://www.social-brain.bun.kyoto-u.ac.jp /)でも2006年から社会脳を多くのシンポジウムで取り上げてきた(その講演をもとに書き下ろしていただいた原稿も本シリーズに含まれている)。

【社会脳シリーズ】

1 社会脳科学の展望─脳から社会をみる(本書)

  以下続刊
 ・社会意識を育む脳─神経哲学と神経倫理学

 

・美しさと共感を生む脳─神経美学

 

・報酬を期待する脳─神経経済学

 

・注意を制御する脳─神経注意学

 

・小説を楽しむ脳─神経文学

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