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2011年11月25日 (金)

新刊 浜崎洋介 著 福田恆存 思想の〈かたち〉

9784788512634 浜崎洋介 著
福田恆存 思想の〈かたち〉
――イロニー・演戯・言葉
11.11.22
978-4-7885-1263-4
46判428頁・定価 本体3900円+ 税

の見本出来ました。配本は11月25日です。書店さん店頭には、11月29日頃ならびます。

Ⅰ 戦後史における福田恆存評価―― 一九八〇年代まで
 その活動と影響の広さにおいて戦後特異な存在であった福田恆存(一九一二―一九九四年)は、しかし、長く毀誉褒貶に曝され続けており、いまだに安定的な評価が確立されているとは言えない。戦後直後に文芸批評家として登場し、次第に小説家、脚本家、シェイクスピア翻訳者として活躍しながら、後に自ら財団法人現代演劇協会およびその付属劇団である「雲」や「欅 けやき」(後に「昴すばる」に統合)を立ち上げ、三百人劇場を拠点として演劇活動に邁進していった福田恆存は、しかし一方で、保守論壇人としても幾多の文学・政治論争(「政治と文学」論争、チャタレイ裁判、国民文学論争、「平和論」論争、国語国字論争、安保闘争批判、ラッセル批判、ベトナム戦争反対運動批判、防衛論争など)を繰り広げており、そのどこを切り取るかで表情を様々に変化させる。つまり、批評家、演劇家、翻訳者などの顔を持ちながら戦後最大の保守派論客としても注目を集めてきたという福田の履歴は、その統一した全体像を容易に描かせず、その評価をも極端に分けてしまうという性格を孕み続けてきたのだ。

 たとえば、昭和三十五年(一九六〇)前後から次第に書かれるようになった福田恆存論においても、評価の揺らぎはうかがえる。「現代人の自省、あるいは自虐とも言うべき彼自身の内面の劇が、いつの場合にもそのモチーフになっていることで、これを彼ほど徹底的に容赦なく遂行したひとは我国にはいないのです」(中村光夫、一九五七年四月)という評言、また「戦後の日本の思想界において福田恆存ほど大きなセンセーションを引き起こし、しかもその活動の効果が大であった人は他にない」(林健太郎、一九六三年十二月という評価、そして「戦後の(と限らなくてもいいが)わが国の文化思想界で、社会科学者も含めて、福田恆存氏ほど、その思想と行動においてロジカルに一貫した生き方をしてきた人はいないのではないか」(中村雄二郎、一九六五年一月)などという最大限の讃辞を受けながら、しかし他方では、「危険な思想家」(山田宗睦、一九六五年三月)、「体制イデオローグの先兵的役割」を担った「反動のそれ」(矢留一太郎、一九六五年十一月「全体主義哲学と表裏一体をなしている」「国家ナショナリズムの果敢な擁護者」(檜山久雄、一九六六年五月)、「ナショナルインタレストを露骨におしだして、平和主義と国際主義を批判した先駆者」(安丸良夫、一九七一年三月)、「デマゴーグ的な道化役者」(いいだもも、一九七八年十二月)といった罵倒的な批判も福田は浴び続けてきたのである。ただし、それら極端に分裂した評価の反面、一部では、福田恆存の言葉がイデオロギー党派の枠組みを超えて受容されていた事実には注意したい。・・・・・

序章 福田恆存と「保守」より

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