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2011年7月

2011年7月29日 (金)

広告 11年7月29日付 朝日新聞サンヤツ

本日11年7月29日付 朝日新聞サンヤツ掲載いたしました。
(大阪、名古屋、西部本社版 7月31日掲載)

掲載書籍は下記の通りです。
Adt201107280013

   

  複雑さと共に暮らす―デザインの挑戦
    パーソナルネットワーク 【ワードマップ】
    焦土の記憶
    ミラーニューロンと(心の理論)
    認知心理学  【キーワードコレクション】

『複雑さと共に暮らす』は7月28日配本でしたので、少々フライング気味の広告だったでしょうか? 申し訳ございません、まだ書店さんに届いていないかも知れません。あいかわらずの5点掲載、サイトのアドレスもとっちゃったのは、前回と同じ。

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2011年7月28日 (木)

新刊 ドナルド・ノーマン 著 複雑さと共に暮らす

9784788512474 ドナルド・ノーマンの新刊、7月28日配本です。
書店さんには2,3日後にならびはじめます。 

『複雑さと共に暮らす』 ──デザインの挑戦

伊賀聡一郎・岡本明・安村通晃 訳
46判346頁・定価 本体2800円+税 ISBN 978-4-7885-1247-4
原著名:Living with Complexity,2011

・訳者の伊賀聡一郎氏による解説
インタラクションデザインへの思い「『複雑さと共に暮らす』解説」

・ドナルド・ノーマンのサイト(英語)  Don Norman's jnd website

・ドン・ノーマンの好評既刊書

『誰のためのデザイン?』

『テクノロジー・ウォッチング』

『人を賢くする道具』

『インビジブルコンピュータ』

『エモーショナル・デザイン』

『未来のモノのデザイン』

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2011年7月26日 (火)

ためし読み 複雑さと共に暮らす

ドナルド・ノーマン著 伊賀聡一郎・岡本明・安村通晃 訳
複雑さと共に暮らす
のためし読みです

まあこの電子ブック生成ソフトはPDFを読み込んで電子ブックにするのですが、
その元となるPDFをキッチリつくりこまないと、読みやすくはできないようです。
今回のケースはトンボというか余白が入っているので、読みにくいです。申し訳ないです。

続きを読む "ためし読み 複雑さと共に暮らす"

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2011年7月25日 (月)

新刊 子安増生・二宮克美 編 『キーワードコレクション 認知心理学』

9784788512498 子安増生・二宮克美 編
『キーワードコレクション 認知心理学』
――
11.7.20   978-4-7885-1249-8
A5判242頁・定価 本体2400円+税

の見本が出来ました。配本日は7月26日です。 書店さん店頭には2,3日後です。

子安増生・二宮克美 編「キーワードコレクション」シリーズは、これまで
『発達心理学 改訂版』
『パーソナリティ心理学』
『心理学フロンティア』
『教育心理学』
『社会心理学』
が刊行されてきました。

今回の『認知心理学』が刊行され、シリーズ6部作が出揃いました。「読んで
面白くて使うのに便利な教科書・参考書」として、初学者から専門家まで好評
のシリーズです。

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2011年7月22日 (金)

ためし読み

すみません、パソコン故障以来、ずーっと滞っていました。「ためし読み」プロジェクト、以下まとめてアップします。印刷屋さんによってPDFファイルのバージョンが異なっており、作り替えたりが必要なものは、まだ手がつけられてません。ご容赦ください。PDFといっても一様ではなく、なかなかむつかしいですね。

マイケル・ビリッグ 著 鈴木聡志 訳
笑いと嘲り 

ジョナサン・ハイト 著 藤澤隆史・藤澤玲子 訳 
しあわせ仮説

大貫 徹 著 
「外部」遭遇文学論

遠田 勝 著 
〈転生〉する物語

ポール・リクール 著 ジョージ・テイラー 編  川﨑惣一 訳
イデオロギーとユートピア

安田 雪 著 
ワードマップ パーソナルネットワーク

福間良明 著 
焦土の記憶

石丸径一郎 著
調査研究の方法

 

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2011年7月21日 (木)

新刊 安田 雪 著 『ワードマップ パーソナルネットワーク』

9784788512467 安田 雪 著
ワードマップ パーソナルネットワーク
──人のつながりがもたらすもの

の見本ができました。配本日は7月26日。書店さん店頭には28日、29日頃ならびます

11.07.20   978-4-7885-1246-7 46判296頁・本体2400円+税

ためし読み

まえがき

 優れた友人との出会いは、人生を豊かにします。あたたかな恋愛関係は人に幸せをもたらします。相性の悪い先生は勉強意欲を低下させますし、気の合う友人は日常生活に豊かさをもたらします。人間関係は人を支えもすれば、傷つけもします。他人は、精神的な安定や知識を与えてくれることもあれば、いらだちや絶望をもたらすこともあります。

 ネットワークが、人々の思考や行動に大きな影響力を及ぼすことは、前著『ワードマップ ネットワーク分析――何が行為を決定するか』で論じました。ネットワーク分析の分野は急速な進展を遂げました。分析対象のネットワークの規模と種類、解析技術、数学的・物理的基礎理論、応用領域では社会科学どころか、自然科学、人文科学、工学の領域まで、独自の応用研究が進み、百花繚乱とも言える状態が続いています。

 本書では、パーソナルネットワーク、つまり人々のつながりに特化して、そのありかたと影響力を考えてみます。ネットワーク分析の守備範囲は人間以外をも含みますが、組織や国家など、個々人を超えた集合体が形成するネットワークは扱わず、パーソナルネットワーク以外の企業や産業のネットワークについては別の機会に論じたいと思います。

 生物の食物連鎖のネットワークやDNAの連鎖構造といったミクロ・レベルのネットワーク解析も、近年著しく発展していますので、これらの新しい分野から何が学べるかについては触れるつもりです。ただ、本書では、「意識や感情をもった人間」を最小の構成要素とする、パーソナルネットワークにテーマを限定します。

 網羅的とはいえませんが、幅広くパーソナルネットワークに関わる論点、未解決な問題、応用可能性に満ちた指標、設計上の課題などをすこしずつ取り上げてみました。関係情報の認知、活用、商品化、他者と共存していくしくみや制度の設計、倫理と可能性まで、従来のネットワーク分析をこえた議論も展開しています。章の順番にこだわらず、関心をもてるところから自由にお読み下さい。

 本書の校正が進行中に、東北地方に大地震とそれに伴う大津波が発生し、未曾有の被害をもたらしました。人とのかかわりの重さとはかなさを、これほど痛切に、私たちが感じたことがあったでしょうか。傷ついた地域、経済、日本の復興のために、これから必要なのは技術と知識です。学生諸君、研究者のかたがた、若い世代の技術と知識が、今後の日本再建を支えます。勉強しましょう。

 本書が、より良き人間関係、組織と地域の再生の一助になればこれ以上の喜びはありません。

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2011年7月20日 (水)

いける本・いけない本14号 いける本・いけない本編集室 発行

Ikeru1107 ムダの会発行「いける本 いけない本」(32ページ・非売品)14号が発行されております。置いている書店さんには置いているという、この冊子、いまや夏の風物詩ともなっております。

こんな時に?でなく、こんな時だから、と
本を運び、お店を開け、本を求めてくださった
すべてのみなさま
どうもありがとうございました

 という、表紙のセリフに深く共感いたします。

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2011年7月19日 (火)

近刊情報 ドナルド・ノーマン 著 複雑さと共に暮らす

9784788512474 ドナルド・ノーマンの新刊、7月末配本予定ですすんでおります。 

『複雑さと共に暮らす』 
──デザインの挑戦

原著名:Living with Complexity,2011

46判346頁・定価2940円 ISBN 978-4-7885-1247-4


複雑さと共に暮らす―目次

日本語版への序文

1 複雑さと共に暮らす ― なぜ複雑さは避けられないのか
ほとんどすべての人工のモノはテクノロジーである
複雑なものは楽しみになり得る
何ヶ月もの学習を要する人生のよくある断面

2 簡素さは心の中にある
概念モデル
なぜすべてのものが打出しハンマーのように簡単にならないのか
ボタンの数が少ないとなぜ操作が難しくなるのか
複雑さについての誤解
簡単だからといって、機能が少ないということではない
一般に仮定されている簡単さと複雑さの間のトレードオフは、なぜ
  間違っているのか
誰もが機能好き
複雑なものも理解可能だし、簡単なものにも混乱させられることが
  ある

3 簡単なものがいかにして我々の生活をややこしくするのか
実世界に情報を置く
サインが役に立たないとき
専門家はいかにして簡単なタスクを混乱させるか
強制選択法で複雑さを減少させる

4 社会的シグニファイア
文化的複雑さ
社会的シグニファイア ― 何をするべきかを世界は我々に
  どのように伝えるのか
実世界の中の社会的シグニファイア

5 人間支援のデザイン
スプラインを網目化中
目標とテクノロジーの間の不一致
割込み
利用パターンを無視すると、シンプルで美しいものも複雑で醜い
  ものになる
望みのライン
痕跡とネットワーク
推奨システム
グループへの支援

6 システムとサービス
システムとしてのサービス
サービス青写真
エクスペリエンスをデザインする
心地よい外界とのエクスペリエンスの創造 ― ワシントン相互銀行
工場のデザインのようにサービスをデザインする
病院でのケア
患者はどこにいる?
サービスデザインの今

7 待つことのデザイン
待ち行列の心理学
待ち行列の六つのデザイン原理
待つことのデザイン的解決
列は一つか複数か? ― 片側だけのレジと両側のレジ
二重バッファリング
列をデザインする
記憶は現実よりも重要である
待ちが適切に扱われるとき
エクスペリエンスをデザインする

8 複雑さに対処する ― パートナーシップ
T型フォード車をどのように始動させるか
複雑さを扱う基本原則
デザイナーのための規則 ― 複雑さを扱いやすくする
我々のための規則 ― 複雑さに対処する

9 挑戦
販売員のバイアス
デザイナーと客の間のギャップ
評論家のバイアス
社交的インタラクション
なぜ簡単なものが複雑になるのか
デザインの挑戦
複雑さと共に暮らす ― パートナーシップ

謝辞     
注      
訳者あとがき 
文献     
索引     
装幀=桂川 潤



日本語版への序文


 私の著書『複雑さと共に暮らす』が日本語でも刊行されることをとてもうれしく思っている。

 日本は我々の多くの新しいテクノロジーの拠点であり、また、携帯電話やウェブサイトから冷蔵庫、テレビ、自動車に至るコンシューマーテクノロジーの開発 において強い影響力をもっている。そしてそのデザインは世界中の人々に大きなインパクトを与えている。また、多面的な要素を扱いやすい個別の部分に繊細に 区画化して複雑さに対応する日本の流儀は、よく知られている。

 多くのデザイナーが、アジア人は欧米人よりも複雑なモノを好む、と考えている。彼らはよく、日本、韓国、インドのウェブサイトを、より簡素に見える欧米 のそれと比較して例に挙げる。この見方は間違いだ。複雑さは文化ではなく、よりタスクに依存するのだ。互いの文化は異なっているし、振舞いや他の人々との インタラクションの仕方の多くも文化や伝統によって決まる。しかしそれでも、共通していることがたくさんある。我々は皆、同じ人間だ。現代のテクノロジー は、電話や携帯であれ、テレビ、自動車、あるいはコンピュータであれ、世界中同じだ。どの人も他の人とは異なり、どの文化も他のものとは異なるとはいえ、 異なる点よりも似ている点のほうが多いのである。

 この本で私は、人々の違い、文化の違いに大いに気を配っている。しかし強調したい点は、我々は同じである、というところにある。世界中どこであれ、複雑 さは生活の現実なのである。なぜか? 複雑さは日常生活に必要な一部だからである。したがって、テクノロジーにおける複雑さは必要であり、かつ良いことな のだ。生活の営みにつりあうためには、テクノロジーは複雑でなければならないのである。

 複雑さは良いのだが、分かりにくいのはいけない。つまり、複雑なものと混乱しているものを区別しなければならない。混乱しているということは、分かりに くいということである。どんな人も、どんな文化においても、分かりにくいテクノロジーには苛立つ。この本が、複雑さと分かりにくいものの違いを明確にし、 世界中の人々がイライラすることの少ない、混乱することの少ない生活を送ることができるように役立てば幸いである。

 良き友人たち、伊賀聡一郎さん、岡本 明さん、安村通晃さんに深く感謝したい。彼ら献身的な日本の科学者グループは、実に注意深く、正確さに気を配って私の本を何冊も翻訳してくれた。どの本の ときにも、翻訳をより良いものにするために、私と妻は翻訳グループを訪ねてきた。この本の翻訳が進行していたときも、箱根温泉の日本旅館で私たちはミー ティングを行なった。実にリラックスした、爽快な滞在だった。最後に、日本の出版社、新曜社の塩浦あきら社長にはいつもながらの支援をいただき、感謝申し 上げたい。

    
2011年5月
ドナルド・ノーマン

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2011年7月15日 (金)

新刊 マイケル・ビリッグ 著 鈴木聡志 訳『笑いと嘲り』

9784788512405 新刊 マイケル・ビリッグ 著 鈴木聡志 訳
『笑いと嘲り』――ユーモアのダークサイド
11.7.5
978-4-7885-1240-5
46判496頁・定価 本体4300円+税
の見本出来ました。配本日は7月6日、書店さん店頭へは2,3日後です。

Laughter and Ridicule:Towards a Social Critique of Humour(Sage, 2005)の全訳


・・・・・・
さて、本書では表立ってレトリカル・アプローチを採用していると表明していないが、笑いをレトリカルなものとして捉え、笑いの内的な原因よりも対人的な機能に注目する点で、従来からの一貫した立場に立っている。また、笑いが期待されている時に笑わないこと(笑ワズ)も笑いと同じくらい意味がある、子どもは最初大人から嘲笑され、そしてある時期に嘲笑することを学ぶ、といった指摘は、笑いをレトリカルなものと仮定することから生まれた洞察と言えるだろう。先に訳者はレトリカル・アプローチに批判めいたことを言ったが、このような多彩な洞察を生み出す力には目を見張るものがあると思っている。

 二つ目は批判心理学である。批判心理学とは大まかに言うなら、現在の主流の心理学に対する批判的な諸勢力の総称である。現在の主流の心理学が人間を一種の情報処理機械と見なし、実験室における実験結果を実験室外にも一般化しようとしているなら、批判心理学は人間の文化・社会的側面を強調し、日常生活における人間行動をそのままデータとして扱おうとする。そのため概して量的研究よりも質的研究、実験室研究よりもインタビューやフィールドワークを重視することになる。また、心理学に知らぬ間に入り込んでいる社会の常識的な考え方や価値観にも自覚的であろうとする。

 ビリッグの諸研究は多かれ少なかれ批判心理学的であり、彼自身が影響力のある批判心理学者の一人に数えられている。そして彼の著作の中でも、本書はかなり批判心理学的な色彩の強いものである。彼自身が本書の中で述べているように、本書執筆の動機はユーモアを無批判に良いものとするポジティブ・イデオロギーを批判することである。そしてこのイデオロギーが知らず知らずのうちに入り込んでいるポジティブ心理学にも、彼は疑いの眼差しを向ける。

 彼の批判心理学のユニークな点は、心理学的概念を歴史的に捉えようとするところである。本書では全体の約半分を使って笑いの理論の歴史を概観し、そうすることで嘲りがどのように扱われてきたのかを探っている。このアプローチは次作に当たる The Hidden Roots of Critical Psychology で批判心理学自体に向けられ、シャフツベリー、トーマス・リードの著作に批判心理学のルーツを探ろうとする。なんと彼は、批判心理学にも批判的なのである。

 訳者が本書の翻訳を思い立った理由の一つは、わが国において批判心理学の書物がほとんどないため、その良い手引きになると考えたためである。もちろん本書は批判心理学を概説するものではない。しかし、アカデミックな研究動向にイデオロギーを読み取る姿勢や、心理学的概念を普遍的・固定的なものではなく、歴史的・流動的なものとして捉えることなど、批判心理学的研究の具体例になっている。アカデミックな心理学者が本書を読んで、心理学をこれまでとは違った角度から眺めるようになったら、訳者にとって望外の喜びである。

 もう一つの理由は、意外に思われるかもしれないが、いじめについての議論の深化のためである。何らかの対策をすればいじめは根絶できるという主張を聞くたびに訳者は、そうした主張は人間性に関する理解が浅いのではないかという疑惑を感じずにはいられなかった。本書によれば、子どもは成長のどこかで人を嘲笑したりからかったりすることを学ばねばならない。そうすることで大人社会の一員になる練習をする。もしそれが事実なら、子どもはいつか、からかいや冷やかしを、仲間に向けることも仲間から向けられることも経験しなければならない。一方で、からかいはその言葉の軽さとは裏腹に、それを受けた者には過酷であることも指摘されている。本書がいじめ対策のために直接役に立つとは思わないが、いじめについて理解を深める助けになることを期待したい。
・・・・・・

(訳者解説より一部引用

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2011年7月14日 (木)

新刊 福間良明 著 『焦土の記憶』

9784788512436 福間良明 著
『焦土の記憶』――沖縄・広島・長崎に映る戦後
11.7.15 978-4-7885-1243-6
46判536頁・定価 本体4800円+税

見本が出来ました。配本日は7月19日。書店さん店頭ヘは2,3日後になると思います。



 本書は、拙著『殉国と反逆――「特攻」の語りの戦後史』(青弓社、二〇〇七年)や『「戦争体験」の戦後史――世代・教養・イデオロギー』(中公新書、二〇〇九年)の延長上に構想したものである。両書では、戦後日本における戦争体験記や戦争体験論の変容を扱ったわけだが、沖縄の状況との相違については、『「戦争体験」の戦後史』を執筆していたころから気にかかっていた。沖縄では、一九六〇年代末になってなぜ、急激に戦記発刊が増えたのか。日本本土とは異なり、戦中派よりも若い世代がなぜ、体験記録の収集に深く関わったのか。その時期が、「反復帰」論の隆盛と重なっていたのはなぜなのか。また、広島や長崎の場合はどうだったのか、広島と長崎とでは議論が生み出される構造に相違がなかったのか――それらの疑問は、前著を執筆しているときから抱いていた。
 当初はこれらも『「戦争体験」の戦後史』に盛り込むことを考えていたが、時間的な問題もさることながら、分量の面でも新書に収まるものではないことが、自分のなかで明らかになってきた。そして何より、議論の磁場の錯綜を考えると、別の一書とすべきであろうという判断に至った。本書はそこでの着想に基づくものである。
 もっとも、共時的な位相差とその通時的な変容プロセスを考える作業は、これまでの仕事のなかでもいくらか行なってきた。拙著『「反戦」のメディア史』(世界思想社、二〇〇六年)では、戦後のポピュラー・カルチャー史のなかで、「銃後・前線」「学徒出陣」「沖縄戦」「原爆」がどのように議論され、いかなる捩じれや齟齬が見られたのかを考察した。『辺境に映る日本』(柏書房、二〇〇三年)では、戦前・戦時期の諸学知の系譜を比較対照しながら、領域横断的な知の編制プロセスと知識人のナショナリズムについて検討した。両書の分析対象は異なるが、個別のテーマや領域に特化するのではなく、複数の領域を視野に入れることによって見えてくるものに関心があった点では共通している。その意味で、筆者にとって五冊目の単著となる本書は、前著のみならず、これまでの研究全般の連続上に位置づけられるものでもある。
 とはいえ、今回の作業では、これまでにない困難や困惑を感じていたのも事実である。沖縄戦記にせよ被爆体験記にせよ、その言説資料は膨大な量にのぼる。筆者も、それらの主たる文献はもちろんのこと、私家版も少なからず入手したが、正直なところ、資料群のあまりの多さに途方にくれたこともしばしばあった。それもあって、この研究を始めて一年ほどは、ほとんど作業が進捗しなかった。そこで、まずは主たる論者や彼らが論考を発表した媒体に重点を置くことにし、そこから地域の新聞や文芸誌に当たってみることにした。
 新聞はともかく、ローカルな文芸誌となると、資料の散逸が甚だしく、国公立の図書館・資料館や大学図書館に所蔵がないものも少なくない。しかし、何とか資料の所在を突き止め、かつての地域文芸誌・評論誌(紙)をめくるなかで、大きな知的興奮に浸ることができたのも、また事実である。同時代の戦後日本の状況と照らして意外性のある議論も多々見られた。世代間の闘争や連携もさまざまに異なっていた。その過程で、沖縄・広島・長崎に対するそれまでの理解が覆されることも少なくなかったし、それとの対比で見えてくる戦後日本の像もいたって興味深かった。
 ちなみに、筆者は本書で扱った時代をほとんど生きてはいないし、沖縄や広島、長崎で生まれ育ったわけでもない。本書の記述は見方によっては、「部外者」の受け止め方とも言えよう。だが、そのゆえに描けることを模索したいという思いもあった。
 ここに本書を書き終えて改めて思うのは、戦争の記憶や体験の語りが共時的にも通時的にもいかに捩じれていたのか、ということである。
 沖縄の場合、議論の主たる駆動因は、「本土への違和感」とでも言うべきものであった。旧日本兵による戦後初期の沖縄戦記、沖縄を切り捨てた形での本土の占領終結、米軍基地を存置したままの沖縄返還――これらに対する不快感が、沖縄の体験記や体験論を生みだす動機となっていた。
 広島・長崎で議論を突き動かしていたのは、「継承の切迫感」であったように思われる。後遺症や遺伝の影響への懸念を考え合わせると、被爆体験は「過去」に閉じるものではなく、むしろ、当事者の戦後の生存を脅かす「現在」の問題でもあった。そのことが、政治的な問題解決への志向に結び付き、かつ、他の戦争体験の語りに比べれば、世代や体験の有無を超えた連携を可能にした。
 むろん、「継承」をめざす動きは、戦後日本であれ沖縄であれ、見られなかったわけではない。しかし、そこにはしばしば、体験者や戦中派の語りと「あるべき政治的な議論」とのあいだに齟齬・軋轢が見られたのに対し、広島・長崎では、その問題は言説レベルではさほど表面化しなかった。他方で、それによって、どのような声が抑えられたのか、広島と長崎とでいかなる相違があったのかは、本書で既述したとおりである。
 そして、これら「本土への違和感」や「継承の切迫感」がその時々の社会状況と複雑に絡まりながら、沖縄・広島・長崎の体験論は紡がれてきた。そこでは必然的に戦後日本の体験の語りとは異質な力学が作動していた。むろん、本土や沖縄、広島・長崎とで議論が似通うことも決して少なくなかった。だが、その背後にある意図や議論の動機は、大きく相違していた。
 このことは、従来、ほとんど顧みられることがなかったように思う。語りや記憶の「内容」(何が語られているのか)については多々論じられてきた。それが「被害」の意識に留まっているのか、それとも「加害」の視座を有しているのかという点についても、議論が積み重ねられてきた。しかし、体験論や記憶が紡ぎ出される「構造」「力学」については、検証が十分ではなかった。
 もっとも、本書とて、これらの検証が十全たり得ているわけではない。沖縄や広島・長崎以外でも、考察すべきものは多岐にわたる。個々の戦場体験の議論の変遷や銃後・疎開体験論の変化など、今後の検証が必要なものも少なくない。沖縄・広島・長崎に限っても、本書で扱い得たものは、多種多様な議論のなかのごく一部でしかない。だが、その限られた範囲ではあっても、議論が何に突き動かされてきたのか、そこから戦後日本の議論の構造をどう問い直すことができるのか――その一端を浮き彫りにしたことは、本書のささやかな存在意義ではないかと思っている。

(本書エピローグより一部引用)

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2011年7月13日 (水)

広告 11年7月13日付 朝日新聞サンヤツ

Adt201107120015 本日11年7月13日付 朝日新聞サンヤツ掲載いたしました。
(大阪、名古屋、西部本社版 7月15日掲載)

掲載書籍は下記の通りです

むかし、先代社長の堀江洪氏から「「http://www.shin-yo-sha.co.jp/って広告に入れる必要あるの? 」と聞かれ、「いやあネットにおける住所表記ですから、とるわけいかないでしょう」などと応えたのを思い出します。今回、つめるのに苦労して、とっちゃいました。ごめんなさい。

まあこの5点掲載だけは、他社の追随を許さないのではないかと(笑 「一字いくらかかっているか考えなさい」という言葉も思い出します。「空白にもお金かかってますから」と減らず口ばかりで、ホントすみませんでしたね。

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2011年7月11日 (月)

新刊 子安増生・大平英樹 編著『ミラーニューロンと〈心の理論〉』

9784788512443 子安増生・大平英樹 編著
『ミラーニューロンと〈心の理論〉』
――
の見本出来ました。配本日は7月12日です。書店さん店頭へは2.3日後です

11.7.15
978-4-7885-1244-3
A5判240頁・定価 本体2600円+税

 本章の題目は,ミラーニューロンの発見者であるリゾラッティとシニガリア(Rizzolatti & Sinigaglia, 2008)の著作,"Mirrors in the brain"へのオマージュである。まことに,われわれの脳の中には,運動-感覚のミラーニューロン・システムと,内受容感覚-感情のミラー・メカニズムという2枚の鏡がある。それらの鏡は,自らの身体を手がかりとして,自己の姿を映し出す。また同時に,そこへの合わせ絵のように,他者の姿をも映し出す。しかし,それらの鏡像はいつも明瞭なわけではない。あるときはぼやけており,あるときには欠け,また歪んでいる。われわれには,自己の姿も他者の姿も,いまだはっきりと見えていないのかもしれない。なによりわれわれは,この不思議な鏡の仕組みについて,いまだに多くのことを知ってはいないのだ。
 本書は,その不思議な脳の中の鏡を探索する旅の道標である。各章に描かれているように,多くの先人の才覚と努力によって,われわれは出発地をはるか後にしてきた。そして各章の著者たちも,そこに小さくはあるが確実な歩を刻みつつある。しかし同時に,われわれの前には未開の荒野が拡がっている。心理学と認知神経科学という道具を持って,われわれは自己と他者の姿をどこまで見ることができるだろうか。その興味は尽きない。

(6 おわりにより)

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2011年7月 8日 (金)

新刊 長谷川公一 著 『脱原子力社会の選択 増補版』

9784788512450_2 長谷川公一 著
『脱原子力社会の選択 増補版』――新エネルギー革命の時代
新刊の見本ができました。

11.7.10  978-4-7885-1245-0
46判448頁・定価 本体3500円+税

配本日は7月8日。書店さん店頭へは、来週11日以後となります。

米国サクラメント電力公社の先駆的なエネルギーシフトを調査した初版から15年、フクシマ事故までの日本の硬直した原発政策を徹底検証する100頁を付した、緊急出版です。


どん底から未来の選択へ

 どん底からの再生。本書の第3章までは、地域住民に半ば見放され、解散寸前とも目されたアメリカ合州国・カリフォルニア州のサクラメント電力公社の再生の物語である。

 本書をとおして再度訴えたいのは、カリフォルニア州サクラメントの人びとが二二年前の一九八九(平成元)年に住民投票というかたちで、トラブル続きだっ た原子力発電所の閉鎖を選択し、その後、エネルギーの効率利用と自然エネルギーの活用を柱に経営再建に成功したように、「脱原子力」は、社会がみずから選 択し、選びとるものだということである。

 どういうエネルギーを選びとるのかは、単純にエネルギー資源の多寡に依存するのではなく、社会の側の選択の問題である。民主主義、議会、政治家のリー ダーシップ、裁判所、企業、メディア、研究者、社会運動、環境運動等々をはじめとする社会のあり方、市民社会の動向と深くかかわっている。エネルギー自給 率の低さが、自動的に原子力発電への依存率を規定するのではない。しかも本書で繰り返し述べたように、原子力発電の社会的コストは、社会的監視機構がどの ように機能しているのかに依存する。カリフォルニアやドイツが育ててきたような市民電力公社という可能性もある。自然エネルギーは社会が育てるものでもあ る。

 三月一一日の大震災を生き延び、「原発震災」をまのあたりにした私たちは、どういう未来を選択すべきだろうか。本書であらためて提起したい。

(本書まえがきより)

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2011年7月 7日 (木)

新刊 大貫 徹 著 「外部」遭遇文学論

9784788512412 大貫 徹 著
「外部」遭遇文学論――ハーン、ロティ、猿
奥付 11.6.30
978-4-7885-1241-2
46判232頁・定価 本体2400円+ 税

の見本できました。配本日は7月6日。書店さん店頭には2,3日後とどきます。

 もとより、全部が全部、しなやかな思考を働かせることで、二者対立を止揚すべきだと言いたいわけではない。本書は啓蒙書でもなければ道徳の教科書でもないのだから。しかし重要なことはまず対立を見出すことではないか。ドガの場合でいえば、ドガ作品のなかに「鼻筋の通った顔」と「猿のような顔」というような対立を見出すことではないか。そこからドガにおける奇異なる存在との遭遇体験という視点を得ることができるはずだ。そしてこの視点がさらに広がり、当時のフランス社会の階級上のせめぎ合いという、より大きな文脈へと展開することも可能となるだろう。あるいは同時代の他のジャンルのなかに同じ主題を見出すことも可能となるだろう。いずれにせよ、まずは対立ありきである。本書はこうした視点から、まずは対立する要素に注目して、第一部の異界体験、第二部の異国体験、第三部の奇異なる存在との遭遇体験を論じてきた。そしてこうした体験のなかにこれまでのモノグラフ的な作家論では見出せなかった視点を見出そうとしてきたことを踏まえ、あえて本書の標題を多少仰々しく「「外部」遭遇文学論」とした。それが成功したかどうかは読者の判断を待つばかりではあるが、しかし少なくともそのアプローチに関しては成功したのではないかと信じている。(あとがき より)

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2011年7月 6日 (水)

新刊 遠田 勝 著『転生する物語』

9784788512429 遠田 勝 著『転生する物語』――小泉八雲「怪談」の世界
の見本ができました。
11.6.30
978-4-7885-1242-9
46判272頁・定価 本体2600円+税

配本日は7月6日。書店さん店頭へ2,3日後に届きます。

・・・・・・こうして特定のモチーフと技法に絞る形でハーンの「怪談」論をまとめることができたのは、これまでのハーン研究の蓄積のおかげである。なかでも、本文中の注や引用では充分に言及できなかったが、恒文社の『小泉八雲事典』と新曜社の『講座小泉八雲』(Ⅰ・Ⅱ)に掲載された論考からは、幾度も貴重な示唆と研究全体のパースペクティヴを得ることができた。

(あとがきより)

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2011年7月 5日 (火)

新刊 ジョナサン・ハイト 著 藤澤隆史・藤澤玲子 訳 『しあわせ仮説』

9784788512320 ジョナサン・ハイト 著 藤澤隆史・藤澤玲子 訳
『しあわせ仮説』
――古代の知恵と現代科学の知恵
奥付 11.6.30
978-4-7885-1232-0
四六424頁・定価 本体3300円+税

配本日は7月4日です。書店さん店頭には2,3日後になります。

9784788511545 しあわせといえば、弊社では2年前に
大石繁宏 著『幸せを科学する』をだしており、刷を重ねております。著者はヴァーニジア大学、この大学は幸福研究のメッカだそうです。

さてこの『しあわせ仮説』、従来のポジティブ心理学が、調査研究や臨床研究による成果に基づいたものが中心であるのに、本書は脳科学から遺伝学、社会学、人類学の知見まで幅広くおさえた「バランスのとれた類を見ない良書」と紹介されています。

ぜひご一読くださいませ。

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