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2010年6月

2010年6月30日 (水)

ためし読み

下記新刊3点のためし読みをアップいたしました。

荒川 紘 著
『教師・啄木と賢治』

上田誠二(かみた せいじ) 著
『音楽はいかに現代社会をデザインしたか』

矢守克也 著
『アクションリサーチ――――実践する人間科学』

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2010年6月29日 (火)

新刊 荒川 紘 著 『教師・啄木と賢治』

 9784788512016 荒川 紘 著
『教師・啄木と賢治』新刊見本できました。

46判400頁・定価 本体3800円+税   ISBN 978-4-7885-1201-6
奥付 10.06.30

配本は6月30日で す。書店さんには2,3日後の到着となります。


あとがき

六〇年安保闘争の終わった年の初冬、東北大学の二年生だった私は仙台駅から鈍行の列車に乗って渋民駅で下車し、渋民の集落を訪れた。五〇年も前になるのだ が、街道の両側に茅葺きの家が立ち並ぶ光景は忘れられない。まだ明治の渋民村があった。啄木一家の住んでいた家からは着物姿の啄木がいまにも出てくるよう に思われた。啄木の育った赤いトタン屋根の宝徳寺にも立ち寄り、北上川の河畔に立つ「やわらかに柳あをめる」の大きな歌碑を見た。そこからは啄木が「おも ひでの山」と詠んだ岩手山も見えたはずである。ところが、啄木が学び、教えた渋民小学校には立ち寄っていない。私の意識にあったのは歌人の啄木であった。

その夜は盛岡市内にある岩手大学教育学部の寮に世話になった。

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2010年6月24日 (木)

新刊 上田誠二著 『音楽はいかに現代社会をデザインしたか』

9784788512009 上田誠二(かみた せいじ) 著
『音楽はいかに現代社会をデザインしたか』
――――教育と音楽の大衆社会史
6月24日配本で す。書店さん店頭には2,3日後。

ISBN 978-4-7885-1200-9
A5判408頁・定価 本体4200円+税

 現在の日本社会は、新自由主義、市場原理主義、消費社会化、グローバル化、情報化などに彩られた企業中心社会の様相を呈している。このような社会で喚起されている能力主義とは何か、協調主義とは何か、という問題を、そうした秩序意識が確立された一九二〇―五〇年代の文化史から描きたかった。

 とくに私は、「エロ・グロ・ナンセンス」と呼ばれた一九三〇年代の世相に注目した。エロチックもグロテスクもナンセンスも現在の社会に色濃くある。加速する性の商品化、頻発する猟奇的な事件、お笑いブームなど、そうした世相がどのような時代性・社会性を反映するものなのか、ひいてはその世相が時代を動かすチカラとはいかなるものかを見究めるために、本書はその端緒といえる一九三〇年代に注目した。

 エロ・グロ・ナンセンスな一九三〇年代には、現在につながる矛盾をもつ秩序意識が生成された。そうした「俗悪」とされた文化に強く対抗していた芸術文化と学校文化とが推進した斉唱・合唱実践によって創出された、半強制的な調和という歪んだ協調主義のあり方である。集団の美を実現するために厳しく自己規律化していくという調和美のあり方は、集団(=会社)の利益のために自己規律化していくという、現在の企業中心社会を支える秩序意識のひとつのあり方といえる。

 このような半強制的な調和の一方で、芸術家や有識者からエロやナンセンスの象徴として批判され続けたメロディにこそ、実は豊かな可能性があった。すなわち、一九三〇年代において流行歌の作曲家・中山晋平が慈愛溢れる哀調のメロディによってコーディネートした「音頭」が、都市化や産業化、経済不況のなかで失われつつあった社会の共同性を回復するひとつの契機となったのである。そこに宿る社会的連帯の可能性にこそ、現在のわれわれが学び得る社会意識のあり方が窺える。

 また、戦中の人的資源確保策のもとでは、絶対音感という能力をもつ「自立」した個人の育成が進められた。そうした個人が飛行機の爆音を聴き分ける防空監視哨員として国防のために「自ら立っていく」という自立のあり方が、失明軍人ではない既存の視覚障害者という社会的弱者にこそ重くのしかかっていった。このような戦中の能力主義が生成した半強制的な自立のあり方は、高度成長期の人的能力の開発路線や、過度な自己責任が叫ばれる現在の世相にも少なからず見受けられる。これもまた、企業中心社会を支える秩序意識のあり方といえる。 (著者あとがきより一部抜粋)

  

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2010年6月23日 (水)

新刊 矢守克也 著『アクションリサーチ ――実践する人間科学』

9784788512030
矢守克也 著
『アクションリサーチ――――実践する人間科学』
見本できました 。
奥付 10.06.25  ISBN 978-4-7885-1203-0
A5判・288頁  定価 本体2900円+税
6月24日配本で す。書店さん店頭には2,3日後。

あとがき

書物の「あとがき」には謝辞が添えられることが多いが,アクションリサーチについて書いた本書の場合,特にそうするのが相応しいように思う。アクションリサーチは,常に研究者と現場の方々との共同的実践であり,ここで共同的実践のパートナーのお名前をあげることは,「あとがき」の範囲を超えて,アクションリサーチの内実について欠くべからざる情報を読者に提供することにもなると思われるからである。

第1部で紹介した防災ゲーム「クロスロード」を用いたアクションリサーチは,非常に多くのパートナー(ユーザー)に恵まれてのものである。その全員をご紹介することは残念ながらできないので,ここでは一人だけ,ゲームの共同開発者であり,本文でも引用した「クロスロード」に関する拙著の共同執筆者でもある吉川肇子先生(慶応義塾大学)を,特に大切なパートナーとして記しておきたい。

第2部でとりあげた阪神・淡路大震災の語り継ぎ活動も,もちろん多くの方々に支えられている。ここでは,特に,代表田村勝太郎さんをはじめとする「語り部KOBE1995」のみなさま,第5章で紹介した大学生と被災者との共同活動を共にリードしてくれている舩木伸江先生(神戸学院大学),そして,第6章でとりあげた「災害メモリアルKOBE」の実行委員会のみなさま,とりわけ,イベントの実務面を取り仕切ってくださっている「人と防災未来センター」(兵庫県)のスタッフの方々,および,語り継ぎ活動について常に洞察に満ちたアドバイスを筆者に与えてくれる諏訪清二先生(兵庫県立舞子高等学校環境防災科)のお名前をあげ,感謝の意を表したい。

第3部については,Wolfgang Wagner 先生に感謝申し上げたい。第7章は,筆者が,半年間の在外研修期間を,先生が在籍する Johannes-Kepler-Universitat Linz(ヨハネスケプラー大学,オーストリア)で過ごした時期(1997―98年)の研究成果でもある。
本書は,主として,ここ数年間,すなわち,筆者が京都大学防災研究所に籍を移した2003年度以降にとり組んだアクションリサーチにもとづいて書かれている。したがって,もっとも旧い稿でも2000年以降に書いたものとなっている。しかし,筆者がアクションリサーチを知り,またそれについて学びはじめたのは,学生時代(1980年代)である。当時の恩師である故三隅二不二先生(大阪大学名誉教授)には,レヴィン(K. Lewin)直伝とも言えるアクションリサーチの根幹について教授いただいた。また,その後も,(財)集団力学研究所(福岡市)で企業の組織開発を中心とするアクションリサーチに直接タッチする機会を与えていただいた。また,学生時代から今日に至るまで,研究姿勢としてのアクションリサーチについて厳しく指導いただいているのが,杉万俊夫先生(京都大学)である。2人の恩師に心からお礼を申し上げ,この拙著を筆者なりの成果物として両先生に捧げたい。

第3章で書いたように,社会構成主義に立脚したアクションリサーチにおいては,それについて書き,書かれたものを共同的実践のパートナーや世間に問うことも,単なる報告(レポート)にとどまらず,研究実践の実質を構成する重要な要素である。その意味で,新曜社の塩浦暲さんには,書くことのパートナーとして大きなサポートをいただいた。末筆ながら,深甚の謝意を表したい。

2010年1月 震災から15年を迎える日に

                                     矢守克也

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2010年6月21日 (月)

書評 中山 元 著 『フーコー 思想の考古学』

9784788511927 中山 元 著 『フーコー 思想の考古学』

が2010/6/20付朝日新聞に書評掲載されました。
評者は斉藤環氏。

・・・・・・本書の白眉は、なんといっても第7章だろう。61年に博士論文『狂気の歴史』の副論文として提出されつつも、ほとんど読まれなかった「カント『人間学』の序」について詳細な解説と検討がなされている。

 フーコーによれば、世界は「源泉、領域、限界」という3重の構造のもとに現れる。カント以降の哲学は、この本質的な分割の構造を否定しつつ反復してきた。

 言語の発生を考えるには、言語の存在を前提にしなくてはならない。このように、いかなる起源をめぐる問いも、起源がすでに現在に含まれていることを明かすのみだ。それゆえ人間をめぐる問いかけは、人間をその同一性のもとに再発見するものにしかならない。現代哲学が落ち込んでしまう、この「人間学的な眠り」を逃れるには、「人間」を消し去るほかはない。
・・・・・・

評者の先生、掲載紙ご担当者さまには、心よりお礼申し上げます。

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2010年6月14日 (月)

シンポジウム 「60年安保闘争の記録と記憶」開催ご案内

下記シンポジウムのお知らせです。

6.15 安田講堂シンポ

シンポジウム
「60年安保闘争の記録と記憶」開催ご案内

目的:日米安全保障条約の改定から50周年を迎えるにあたり、市民運動の客観的記録と日本現代アートに綴られる主観的な記憶の表現とを考える研究討論集会

意義:1960年の安保闘争から50年。実体験者の記憶が薄れる中、国民的な運動が歴史的出来事としてどう記録され、継承されていくかを検討する。映画「ANPO」を題材に、国民的な体験の客観的な研究や記録の重要性と、主観的な記憶が宿るアート表現の重要性を対比し、探る機会を設ける。
http://anpomovie.com/jp/

日時: 6月15日(火)
18:00 開場
18:30 開演(20:15終了予定)
場所:東京大学・本郷キャンパス大講堂(安田講堂)
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap /cam01_00_01_j.html

※駐車場はありませんので公共交通機関をご利用ください。
入場料:無料(要申込み)


お申込み方法:
1)yasuda615あっとgmail.com宛て(あっと→@へ)、ご入場希望の方のお名前をメールでお送りください。
(複数でご入場希望の場合は全員のお名前をお願いします)
2)折り返しこちらから受付完了の返信を致します。
3)当日はその返信メールのプリントアウトをご持参ください。
※定員になり次第、締め切りとさせていただきます。

プログラム:

司会/上野千鶴子(社会学者、東京大学大学院人文社会系研究科教授)、
パネリスト/保阪正康(「60年安保闘争の真実」著者)、
小熊英二(社会学者、慶応義塾大学総合政策学部教授)
リンダ・ホーグランド(映画「ANPO」監督)、
特別ゲスト/加藤登紀子(歌手)
※映画「ANPO」ダイジェスト版の上映あり
http://anpomovie.com/jp/

映画「ANPO」について‐‐

映画「ANPO」は、戦後日本を代表してきた現代アーティスト30余名へのインタビューと彼らの絵画、写真、映画などの作品を織り交ぜつつ、アートの視点から多面的に戦後の日米関係を振り返るドキュメンタリー。監督は映画『TOKKO/特攻』のプロデューサー・ライターでもあるNY在住のリンダ・ホーグランド。2010年劇場公開予定。






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2010年6月11日 (金)

フェアのご紹介  「アジアと生きる、アジアで生きる」

毎年恒例「アジアの本の会」と紀伊國屋書店のコラボフェア、開催いたしました。
今年のテーマは「アジアと生きる、アジアで生きる」です。

詳細は→ 紀伊國屋書店書店新宿南店フェアページ

弊社も数点出品しています。


ところでアジア検定とかいう話を以前耳にしたのですが、
このことだったのか・・・・・・おそまきながら

Thaiken_380x50_6

タイ料理食品「タ イの台所」1点を受験者全員の特典というのがすごい・・・・・

タイ検定のtwitterをみるとタイ検定公式本の重版のつぶやきがあるなど盛況のようです。

ASEAN検定シリ-ズ
タイ検定―ASEAN検定シリーズタイ検定公式テキスト
赤木 攻【監修】 めこん (2010/05/15 出版)

アジア本フェアも盛り上がることでしょう。

などと書きつけてきますと、ココナッツカレーが実に食べたくなってきました。

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2010年6月 7日 (月)

書評 『出口のない夢』 クラウス・ブリンクボイマー 著

9784788511941 クラウス・ブリンクボイマー 著
渡辺一男 訳
『出口のない夢』
が日本経済新聞 6月6日 2010年付「欧州目指すアフリカ人の苦闘」として書評掲載されました。評者は宮島喬氏。

掲載紙ご担当者様、評者の先生に心よりお礼申し上げます。

・・・・・・ところで、アフリカの貧しさとは何か。飢饉や飢えもあるが、学校で学び電子技術も身に付けたが国にはまるで仕事がない、子どもの学校を続けるにも毎月200ユーロの送金がないとすぐに授業料が払えなくなる、といった、グローバル化の所産である情報化、都市化、市場化を映す悲惨なのである。そして本書は書く。各国家はこの現実に対し何もなしえていない。賄賂、不正、権力の私物化、一族郎党の利益以外になんの公共的連帯感もないこと、というアフリカ政治社会パターンはどこでも救いようがない、と。

では、絶望する以外にないのか。本書はこれに回答を与えていない。ヨーロッパやそのほか先進国はアフリカへの援助の名の 下、これまで借款や無償援助を与え、テクノロジーを提供し、一応空港や道路、学校や病院も建設した。しかし、本当に伝え、援助し、育てることを怠ったもの はなんだったのか、と問うてみる必要がある。

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2010年6月 2日 (水)

書評 エドワード・リード 著/菅野盾樹 訳『経験のための戦い』

9784788511910 エドワード・リード 著/菅野盾樹 訳
『経験のための戦い』
――――情報の生態学から情報の社会哲学へ

の書評がジュンク堂書店さん発行のPR誌「書標【ほんのしるべ】 2010年5月号」に掲載されました。うーむ、みんなにぜひ読んでほしいと思いつつも、まだ書評がでないなあと思っていたところでした。掲載誌、書評下さった(フ)氏に心より感謝申し上げます。

またPR誌「書評は」ジュンク堂さんのサイトでご覧いただけます。
「書標」の バックナンバー


西洋の哲学的伝統は、その始まりの頃――アテネの偉大な思想家たちの時代から、日常経験を単なる現象として軽視し、実在と現象との間には大きな隔たりがあると力説してきたが、ガリレオが「自然という書物は数学の言語で書かれている」と語った十七世紀の「科学革命」やそれを受けたデカルト哲学を俟って、「真理」と日常経験の乖離は決定的となった。

そうした主潮流に抗った例外は、一次的経験を全ての意味の根源とみなし、デカルトの知覚理論を拒んだジョン・デューイ、他人の経験から学びたいという本物の欲求を持ち続け、語るためにも聴くためにも行脚を続けたウィリアム・モリスらを数えるばかりである。

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