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2009年9月 6日 (日)

書評 小熊英二著『1968』

「・・・・・・高度成長のあと、貧しさや生活苦といった近代的不幸と入れ替わりに、「自分はなぜ生きるのか」を問う《現代的不幸》が現れた。後の不登校や拒食症や自分探しに通じる、その最初の波が1968年だったのでは、という。
この仮説を検証するため、テキストの「ごみ屋敷」(たとえが悪くてごめんなさい)が生まれた。当時書き散らされたビラや日記や落書きの類を、著者は丹念に拾い集める。他人には価値のない紙クズでも、意味があるから捨てられない。それらを分類整理し、言葉にならない言葉を観測する、手製の「カミオカンデ」的「ごみ屋敷」になってしまったのが、本書だと思う。
・・・・・・小熊氏はなるべく主観を交えず、資料に語らせ、当時を客観的に再構成していく。体験の当事者には当たり前でも、忘れていることを、記録に定着させた。記述はおおむね公平で正確である。行間から汗や催涙ガスや、血のにおいまで伝わってくる。当時を知らない読者はもちろん、将来世代の人々にとっても、必読の歴史資料となるに違いない。稀有な才能による、類例のない書物だといえよう」

小熊英二著『1968』の書評が、09年9月6日付 日本経済新聞にて掲載されました。評者は橋爪大三郎氏。掲載紙ご担当者、評者の先生に心からお礼申し上げます。

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