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2009年9月18日 (金)

伊藤哲司・山崎一希 著 『往復書簡・学校を語りなおす』

伊藤哲司・山崎一希 著 『往復書簡・学校を語りなおす』の見本が出来ました。配本は9月16日です。書店さん店頭には2.3日後でしょうか。

9784788511774

session 0 より いかに「学び、遊び、逸れていく」か ―実践のためのアイディアを探る

「学校」というどうしようもなく存在する枠組みの中で、
いかに「学び、遊び、逸れていく」か―伊藤哲司


山崎さん
山崎さんと知りあったのは、ラジオ番組の仕事を通してでした。最初に受けた依頼は、山崎さんが勤めるラジオ局(茨城放送)で「人はなぜUFOを見るのか」についてのコメントをしてほしいというものでした。現在は社会心理学者としてベトナム等のフィールドワークを主に行っている私も、かつては「非科学的なものに人はなぜ惹かれるのか」といったテーマで若干の調査研究をしていたことがあったので、今になってUFOとは奇抜なテーマでやや面食らったということはあったのですが、何とかお引き受けできるだろうという返事をしました。その後山崎さんは茨城大学の私の研究室を訪ねてこられ、私は求められるままにコメントを話し、それを山崎さんは録音して持ち帰りましたね。結局そのコメントは放送されないままボツになってしまったようですが、それは今となってはどうでもいいことです。私が山崎さんと話をして印象深かったのは、非常に発想が豊かで、その場面場面に応じた的確な言葉を即座に返してくるということでした。
●「学校」に風穴を開ける試み
その後、また別番組で協力することがあり、山崎さんとは幾度か話をする機会がありました。そして、私がかかわっているエスペーロ会という集い―広く若者の問題に関心を抱くNPO法人関係者や新聞記者、家庭裁判所の調査官、大学院生などが参加する月一回の集い―にお誘いし、山崎さん自身にも発表をしてもらいました。そのときの話題提供のテーマが「学校を語りなおす」でしたね。私が理解した範囲で言えば、山崎さんは、「学校」そのものを覆そうとかそういった革命的なことをしようというのではなく、「学校」というどうしようもなく存在する枠組みの中で、しかしそこに埋没してしまうことなく、いかに「学び、遊び、逸れていく」かということを主張されていました。それはまさに私自身も、小学生のころから、中学生・高校生・大学生・大学院生を経て、大学教員となっている現在に至るまで―自分でも驚くのですが、幼稚園時代から数えれば、すでに私は約四〇年、人生の大半の時間を「学校」の中で過ごしているということになります―、ずっとそれとは明確には気づかないまま心のどこかで思い続け、可能なところでささやかに実践しようとしてきたことでもありました。
今回、このような往復書簡という形で山崎さんと本を書きたいと提案したのは私のほうですが、そうしたいと強く思ったのは、山崎さんの発想や考え方と接触することによって、私自身がたどってきた「学校」の中での諸々の考えや実践をあらためて位置づけなおし、そこからまた何か新たなアイディアや実践を生み出すことができるのではないかと考えたからです。と同時にそれは、私や山崎さんにとって意味があるというだけでなく、「学校」の中でストレスを溜め込んで過ごしているのかもしれない教師や学生・生徒たち、あるいは保護者などという立場でやはり「学校」にかかわっている多くの人にとっても、何か活路を見出せるような、「学校」という一種の閉塞状況に風穴を開けるような、そんなものを生み出せるかもしれないとも思いました。
もっともこの往復書簡が、どんな形で展開していくのか、私自身にもまだ十分見えません。私はこれまで何冊か本を書いてきましたが、一人で書くにしても分担執筆をするにしても、目次構成を最初に考え、書きながら若干の変更を加えることはあったとしても、当初の構想からそんなに大きくは逸れないように書いていくものです。そうでなければ普通は出版社だって困るでしょう。どのような内容の本になるのか見通しが立っていないのでは、常に営業上のリスクを伴う出版企画として取り上げてもらうこと自体が難しいわけです。今回は幸いなことに、私と同世代の編集者である新曜社の田中由美子さんが、拙著をいくつか読んで共感してくださり、「学校を語りなおす」というテーマで山崎さんと往復書簡を交わして原稿を作っていくということを、企画として受け入れてくださいました。出版事情が厳しい折、大変ありがたいことだと思っています。
●学校観の脱構築
ところで山崎さんは、「支配的学校観と子どもたちの学校経験―『学校観の脱構築』をめざして」(ネット上でも公開されていて、http://www.acivi.jp/graduate/index.htmlで読むことができます)という魅力的なテーマで書かれた卒業論文を、二〇〇五年度に慶應義塾大学に提出されていますね。エスペーロ会での発表も、このときの卒業研究をベースにされていたわけですが、案外難解な文章の中で、山崎さんは、「子どもたちの学校観と学校経験という課題に、メディア研究と教育社会学という2方向から」分析をされています。そして現代の日本社会において、イヴァン・イリイチの『脱学校の社会』についての論考などを引きながら、「学校」のみならず「社会」もが「学校化」し、またメディアが子どもたちにとっての「学校観」を再生産している現実を指摘し、そこから脱却していくための「学校観の脱構築」の重要性を指摘されました。もちろんそれが容易になされうるわけではなく、それにさまざまな困難―たとえば、学校的な規律からの「卒業」、「誰にも縛られたくない」というメッセージを強烈に発した尾崎豊に共鳴するファンたちが尾崎豊的価値観に縛られていくこと―が伴うことも、同時に指摘されているように、それはなかなか大変なことでもあると私も思います。それに、山崎さんの卒業論文では、ご自身で指摘されているように、その具体的な実践のためのアイディアは、まだ十分には示されていないようです。
山崎さんにはぜひ、卒業研究での論点をわかりやすく整理し提示していただくとともに、私との往復書簡の中で、そのような実践的なアイディアを見出し明示していっていただければと思います。それが私にとってのみならず、本書を手にしてくれたすべての学校関係者―学校にかかわったことがないという人が皆無に近いことを考えれば、すべての人が学校関係者とも言えます―に、魅力的な題材を提供するものになるだろうと思います。
ご存じのとおり日本では、二〇〇四年に国立大学が法人化され、私の身分も国家公務員(教官)から、私の希望とは無関係に、法人の一職員(教員)に替わりました。国立大学法人化にはいろいろな評価があります。数年たった現在、私の実感を一言で言えば、大学がますます「学校化」したということに尽きます。授業のシラバス(授業概要)は、学生との契約のための文書とされ、半期一五コマ分にそれぞれ何をやるかを明記せねばならなくなりました。授業の休講はなお許容されても、休講したらその分の補講を必ずやらねばならなくなりました。成績評価の基準はシラバスに明記することになり、学生の請求によって成績評価の開示をせねばならなくもなりました。学生から授業評価を受けることになり、それを気にしないでは授業を展開できないようになりました。教員評価も試行的に始まっており、それが処遇(給与等)に反映されていくのも、もはや時間の問題です。「教官」から「教員」へ、「官」から「民」へと替わったことにともなって、自由度が増したという側面がゼロではありませんが、かえって文科省の支配をより強く受けるようになっています。それも、文科省に何かを明示的に指示されてというよりも、「お上の意向を察して動く」という、私たちの自発的適応とでも言うべき優等生的行動を、実質的には強いられることによってです。それこそが、国立大学法人化の狙いだったのではないかと思いたくなってしまうほどです。
●ささやかな抵抗をめざして
つまり私自身が、そうしたまさに「学校化」の推進役の一人として職務を遂行させられている存在でもあります。でも、だからといって大学を覆してしまえとは思わないし、文科省の役人たちの「賢さ」に「敬服」しつつも、その中にもリベラルに発想しようとしている人がいるのかもしれないと思いを馳せ、また自分もこの中で埋没してしまわないよう、ささやかに抵抗し何かをしようとしているつもりです。そして、実際にそれができるだろうとも思っています。
「学校を語りなおす」―魅力的なテーマです。これ自体に込めた山崎さんの声を、あらためて聞かせてください。私も、型破りの先生がいた小学校時代のこと、非行少年たちが徘徊していた中学校時代のこと、苦しい勉強を楽しい遊びに変換したいと思っていた高校時代のことなど、そしていま大学教員として、私以上に「学校化」されている学生たちを脱構築したいと考えていることなど、書きたいことがいろいろとありますが、山崎さんの書簡を待ち受けて、それらを言葉に変換して、徐々に紡ぎだしていきたいと思います。
(二〇〇八年七月二七日)


学校にいる子どもたちが、いかに学校を語りなおすことができるか、
そこに鍵があるように感じます―山崎一希


伊藤先生
こんにちは。自分がこんな形で本を書くことになるなんて、思いもよりませんでした。そうです、伊藤先生との出会いのきっかけは「UFO」でした。といっても、僕はUFOの存在が科学的に証明できるかどうかを知りたかったわけではありません。先生のおっしゃるとおり、「なぜ人はUFOを見るのか」、もっと言うなら人がUFOというものに何を見出そうとするのかが知りたかったのです。そのときのインタビューは放送せずに「お蔵入り」してしまいましたが、そこで学んだことがあります。それは、人は類型化を求めたがるということ(そのときは「血液型占い」の話も伺いましたね)、大きな物語への疑いは容易でないこと(理科系の人のほうがけっこうオカルトを信じていたりする、という話もありました)、そしてUFOは「彼がUFOを見た」という情報によって存在しているということです。
さて、そうして伊藤先生との交流は始まりました。こういうことがなければ、卒業論文を再び引っ張り出すことなんてなく、それこそ「お蔵入り」になっていたかもしれません。大学を卒業してから二年半が経ち、僕は今「ラジオ局ディレクター」という、学校教育と直接関係のない仕事に就いています。
●教員採用をめぐる贈収賄事件
この手紙を書いている現在、学校教育に関するもっともホットなトピックといえば、大分県の教員採用をめぐる贈収賄事件です。事件は連日大きく報じられ、その中には子どもが担任の教師に「先生もお金払ったの?」と訊ねたという、そんなやりとりを伝える記事までありました(時事通信、二〇〇八年七月一八日)。
「先生もお金払ったの?」―そう教師に聞く子どものことに、ちょっと思いを馳せてみましょう。贈収賄の事実はどうであれ、この子どもにとって目の前の教師は「お金を払ったかもしれない先生」になってしまったのです。僕は決して、子どもたちが教師たちに抱いていた信用が裏切られた、なんてことを言いたいのではありません。事態はそんな単純には片づきません。日々の営みを通して築かれ、子どもたちの学校経験を支える「学校観」(学校とはどんなものか、という漠然たるイメージ)や「教師観」に、無視できないレンズがまたひとつ加わったと思うのです。
そんなことを考えると、学校教育とは直接無関係な職場ではあっても「マスコミ」という仕事にかかわっている自分が、涼しい顔をしていられるはずがありません。むしろ、「学校観の脱構築」実践に対して僕も何かしらのチャンネルをもっている、と自覚しなおすべきなのでしょう。伊藤先生がおっしゃるように、この往復書簡を通して実践の具体的なアイディアを少しでも見出すことができれば、学生だった自分と社会人としての今の自分との間に、アクションと実感を伴ったつながりを取り戻せるかもしれません。
「レンズ」のことに話を戻しましょう。子どもたちの学校観や教師観の「レンズ」となる情報は生活の中にたくさん存在しています。大分の事件に象徴されるような学校報道(多くは「学校」がネガティブに語られている)、『3年B組金八先生』や『ごくせん』『女王の教室』といったテレビドラマや漫画、学校をパロディ化したバラエティ番組、あるいは「お父さん・お母さんのころの学校はね……」といった親世代の語りも含まれるでしょう。こうした学校外で接触する情報と毎日の学校経験とが子どもたちの中で複雑に絡み合いながら、学校観は日々形作られていきます。
ただ、僕はもうちょっと穿った見方をしているんです。さきほど「複雑に絡み合いながら」という書き方をしましたが、思うに子どもたちの学校観形成においては、リアルな学校経験よりも学校外の情報のほうがより大きな影響を及ぼしているのではないかと。さらに悲観的な言い方をすると、子どもたちの「学校経験」そのものが学校外の情報に強力に引っ張られるのではないか、という見方です。

●「ゆとり教育」で育った子どもたち
僕がこういう推測をした背景には、ひとつのきっかけがあります。それは二〇〇五年四月にニュースになった、茨城県内のある中学校での出来事です。
中山成彬文部科学大臣(当時)が学校を訪れ、生徒たちと意見のやりとりをする「スクールミーティング」のひとこま。当時の報道によると、生徒たちは中山文科相に対し、「教科内容が見直されることで(ゆとり世代の)僕たちの代だけ上や下の学年に劣ることになるので心配」「学校は勉強する所なのに、総合的な学習の時間のせいで、学校外で勉強するなど逆転現象が起きている」などと発言したそうです(二〇〇五年四月二一日共同通信、同二二日毎日新聞)。「ゆとり教育」の導入で学力低下論争が湧きあがっていた時期―文科相は生徒たちに対して「皆さんには申し訳ないと思う」と「謝罪」したとのことです。
実はこの学校は僕の母校でもあったので、後輩たちの言葉にはずいぶん興味をもちました。はたして、彼らはどれだけのリアリティをもってこのような発言をしているのだろう、と。上の学年に劣ることをどうしようもなく「心配」したり、「勉強する所」であるはずの学校で「総合的な学習の時間」に疑問をもったり……そうした苦悩や懸念を普段の学校生活の中でどれだけ感じていたのでしょうか。残念ながら僕は、これらの言葉に対して彼らの当事者性をあまり感じません。まるでテレビのコメンテーター、評論家の言葉のように聞こえます。ある問題が解決できない、という実感的・経験的な「僕の」学力低下はどこかに置いたまま、「彼らの」学力低下を叫ぶ世論に共鳴してしまう―というより、「彼らの」学力低下=「私の」学力低下という等式に疑問をもたない生徒たちの姿が見えてきます。
こうした見方について、いろんなフィールドで取材をされ、そして普段から学生と接している伊藤先生はどのように感じますか? あるフィールドの意味、枠組みを強く規定するイメージがある場合、それによって複雑な現実が引きずられて単純化されたり、実際には存在する異質なものが隠されたりすることは、よくあることなのでしょうか?
もしもこの見方がある程度現実に当てはまるものだとしたら、学校での日々の教育実践はかなりしんどいだろうな、と思うんですね。子どもたちは、いわば主に学校外の情報に内面化された学校観を教室へもちこんでくるわけです。そうなると、教師たちのユニークな実践―ステレオタイプな実践へのささやかな「抵抗」―も、その大きな学校観の前では効果を発揮できず、呑み込まれてしまう可能性があります。あるいはその「抵抗」が大きすぎる場合、逆に完全に吐き出されてしまうのではないでしょうか。それが、子どもたちの無反応あるいは無秩序に体現されてしまうのかもしれません。
●情報の力を脱臼させる
そんな前提で考えると、この状況を解決するのには、子どもたちの学校観そのものを対象化し、揺さぶる実践が必要になると思ったのです。それが僕の言う「学校観の脱構築」、「学校を語りなおす」ということです。つまり「学校を語りなおす」の主語は、学校の思い出を語り続ける私たちであると同時に、学校の当事者として毎日を生きる子どもたちでもあるのです。学校にいる子どもたちが、いかに学校を語りなおすことができるか、そこに鍵があるように感じます。
先生のおっしゃるとおり、学校は「どうしようもなく存在する」ものだと思います。もちろん、それさえも相対化して新しい社会を構想することはできるでしょうが、今日の問題として考えるには現実的ではありません。それよりも、「学校観の脱構築」を、「どうしようもなく存在する」学校の枠組みの中でどうやって実践するかを考えるべきではないでしょうか。それも、学校外の情報に呑み込まれないような、さらに言うならそうした情報の力を脱臼させるような粘り強く、かつ楽しい「脱構築」を。これからのやりとりで、自分の経験も思い出しながら、そして日々の仕事の経験も活かしながら、こうした実践のアイディアを練り、自分もまた「学校を語りなおす」ことができればと思っています。よろしくお願いします。
(二〇〇八年七月二九日)

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