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2009年7月24日 (金)

書評 『エル・コチェーロ 御者』

ホルへ・ブカイ&マルコス・アギニス 著
八重樫克彦・八重樫由貴子 訳
『エル・コチェーロ 御者』

2009年7月31日付週刊読書人に書評が掲載されました。評者は伊高浩昭氏。
掲載紙ご担当者さま、ご書評くださいました先生に、深くお礼申し上げます。
ありがとうございました。

「機知、ユーモア、警句に充ち満ちた類い希なる好著だ。著者は二人のアルゼンチンの知識人だが、正確には二人がアルゼンチンの五都市とウルグアイのプンタデルエステ市の計6都市で世紀末の二〇〇〇年ごろ連続的に開いた対話・討論会に参加し発言した百数十人の市民も共著者である。両著者は「皆と一緒に作り上げる本」と明言しているが、その試みは成功している。・・・・・・・

筆者(日高)にとって一層興味深いのは、アルゼンチン人やその社会に対する批判の言葉だ。
「アルゼンチン人は、不平を通じて自分をインテリに見せる習慣が身についている」、
「アルゼンチンは一時、群生の圧政で昏睡状態に陥った」、
「アルゼンチン人はある時期から方向を見失い、虚栄心と尊大さに溺れ、せっかくの資源を無駄にし、自分たちが世界の中心だと感じるに至った」と、含蓄がある。

これが異邦人の言葉なら、自国や自国民のことを棚に上げてということになるが、当のアルゼンチン人が指摘するのだから安心して納得できるのだ。・・・・・・・

この本のもう一つの魅力は、風刺に富むチステ(一口話)が随所にちりばめられていること。日本社会の物足りなさはこの主のチステが日常生活にほとんどないことだ。私たちは、もっと政治や社会に対して不平不満を言い、たとえ対案を出さなくても、せめて風刺の効いた一口話で鬱憤を晴らすべきなのだ。アルゼンチン人に学ぶべきだろう」

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