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2008年11月20日 (木)

書評『オオカミ少女はいなかった』

「・・・・・・・「オオカミ少女伝説」の背景には人間を「聖別」したい願望があったのだろう。教育という特有の文化が万物の霊長たる人間をはぐくむと私たちは信じて疑わない。「伝説」はそんな「信心」に奉仕すべく創作された。他にもサブリミナル広告の危険性などさまざまな「定説」が作られた真相を暴いてゆく論考に触れると、なるほど人間は特殊な種なのだとあらためて思う。
人間的成長=「社会化」とは自分の見栄(みえ)や、世間の期待におもねるために、ウソをつく能力を備えることでもあるらしい。こうした人間ならではのリアリティを、意外な方向から隈(くま)取ってくれる一冊でもある」

鈴木光太郎 著『オオカミ少女はいなかった』の書評が、11月9日付で河北新報、岩手日報、秋田魁新報、佐賀新聞、四国新聞、琉球新報、福井新聞、福島民報、沖縄タイムス、高知新聞、山陰中央新報など掲載されていました。評者は武田徹氏。評者の先生、掲載紙ご担当者さまには厚くお礼申し上げます。

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