「美しい顔」に寄せて――罪深いということについて 東北学院大学 金菱 清

「美しい顔」に寄せて――罪深いということについて

                      
                                                         2018年7月17日   東北学院大学 金菱 清

「エッセーやルポルタージュと比べて何が小説を特別にしているんだろう?」と自問しながら、NHKのインタビューのなかで、カズオ・イシグロが、小説とは何かについて自らの問いに答えている(『カズオ・イシグロ文学白熱教室』)。



「私はあることを発見した。物語の舞台は動かせるのだと。舞台設定は物語の中で重要な部分じゃない。これに気付いた後、舞台設定を探すのが難題になった。あまりに自由になってしまったからだ。・・・物語を色々な舞台へ、世界中の様々な場所、様々な時代へ移せると分かってしまったからだ。」(イシグロ)


「小説の価値というのは表面にあるとは限らない。歴史書を時代を変えていいとしたら、おかしなことになる。歴史家がそんなことをしたら許されないだろう。でも、小説では可能だ。つまりこれは、物語の意図するものは、表面の細かい部分には結びついていないということを意味する。小説の価値はもっと深いところにある。想像したアイデアの奥深いところにある。だからアイデアをいろいろな舞台に設定して考えてみる。どの時代に設定したらストーリーが最も活きるのか。・・・小説の中は自分たちのことと似ている。歴史上の出来事とは違っていても、倫理上の繋がりは同じだ。」(イシグロ)


 本来的にいえば、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、倫理的な繋がりが同じ地平にあることは論を
たない。しかし、『群像』6月号「美しい顔」はこの倫理上の繋がりをやはり裁ち切っていると問わざるをえない。作者の北条裕子氏からいただいた私(金菱)への手紙*1によれば、震災そのものがテーマではなく、私的で疑似的な喪失体験*2にあり、主眼はあくまで、(彼女自身の)「自己の内面を理解することにあった」とある(私信のため詳細は省く)。つまり、小説の舞台がたまたま震災であっただけであり、その意味においては、安易な流用の仕方も小説特有の「自由な」舞台設定と重なる。そして主人公の口を衝いて出る言葉を通して「雄弁」に震災を物語ろうとする。受賞の言葉にも、私信にも、執筆動機として震災の非当事者としての私的な自己理解の欲求が述べられ、おそらく次の小説の舞台装置があるとすれば、震災ではないだろうことは容易に想像がつく。つまりその程度の位置づけでしかない。


 「美しい顔」に参照された文献は、そのほとんどが、発災1年以内に公刊されたものだ。しかし、震災における現実の舞台はとうに次の課題に直面しているのである(『3.11慟哭の記録』は6年前の2012年発刊)。沈黙の中にある表現しえないものとは何かである。震災の「未だ」そのなかにいる私たち(被災者もそれを語る人々も)にとっては、場所と時間を自由に移動できるようなものではない、そのような世界と日々向き合わざるをえない。これは逃れえない主題である。簡単に離脱できるものではないのである。もしそれが可能ならば、小説においても示していただけたらと願うばかりである。


 

講談社の「その類似は作品の根幹にかかわるものではなく」というコメント*3は、言い方を変えれば、類似程度は文学的価値に比べれば、些末な問題であるとも聞こえてくる。根幹ではない私たちの軽い震災記録とは一体何かを考えざるをえない。今回多くを発言している人もまた、問題が収束すれば、震災とは切り離された処で無関心を装ったまま日常に安住することになるだろう。

 

7年余りという年月はどういうものであったのだろう。震災(被災地)の外では、震災をかようにようやく語り始めたようだが、震災の真っただ中にいる当事者は、ますます語らなくなっている現実がある。この逆転現象をどのようにみるのか。本作品では7年前のとある出来事のように雄弁に語られるが、7年経って今の被災者はその多くが口を閉ざして固く沈黙してしまっている。7年経ち、逆に7年前の記憶で止まったままの多くの読者にとって、本作品が「疑似的」に新鮮にうつるのだろう。だが事実は小説よりも奇なりの側面を抱えていることを私たちは常に現場で教えてもらう。それは次の記事に詳しい。


「あの日逝った大切なペット、ひとへ「今どこにいますか?」 揺れる思いを綴る」

https://www.buzzfeed.com/jp/satoruishido/3-11-tegami?utm_term=.bvGvjQA9Dq#.hlj8VjQP3w

金菱清編『悲愛 あの日のあなたへ手紙をつづる』*4インタビュー、石戸諭、Buzzfeed2017.3.11

つまり、当事者にインタビューをすれば震災を理解できるというものでは、すでになくなってきている。当事者もどう震災を理解してよいのか考えあぐねている場面に多々巡り会う。小説家だけが言葉を書く特権性を持ちうるのだろうか。否、市井の人々こそ言葉を書き綴ることの文学性を持ち合わせていると痛感する時がある。私は当事者が自らの意思で書き綴る手紙と、そこから読み取れる深い沈黙の意味を、ライティング・ヒストリーと呼んでいる*5。

 

さらにいえば、たとえ震災を直接的に語らなくても、そこから震災について十二分に示唆に富んだものを与えてくれる小説は少なくない。つまり、あえて小説の中で震災を仔細に描写しなくても震災を語りうると私は考えている。したがって、被災地に入るかどうかももはや関係ない。

 

ただ現実的には、7年経った今でも行方不明の方がいて、たとえ1%でも生きていることを日々願って帰りを待っている家族がいる。そしていまだ手を合わせることもできない人がいる。語れない人がいる。現場では当事者性すらが奪われているのである。その生々しさを抱えたまま、薄皮一枚でかろうじて繋がり未だ傷の癒えない人々にとって、否応なく小説の舞台設定のためにだけ震災が使われた本作品は、倫理上の繋がり(当事者/非当事者の溝)を縮めるどころか、逆に震災への『倫理的想像力』を大きく蹂躙したのだと私は述べておきたい。その意味において罪深いのである。


 

*1 『3.11慟哭の記録71人が体感した大津波・原発・巨大地震』新曜社

https://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1270-2.htm

の参考文献不掲載と類似表現の問題に関して、2018年7月7日、『群像』の発行元である講談社を介して受け取った。


*2 疑似的な喪失とは、もっとも大切なものを喪う想像上の体験。金菱清「最後に握りしめた一枚を破るとき
疑似喪失体験プログラムとアクティブ・エスノグラフィ」『3.11霊性に抱かれて魂といのちの生かされ方』2018 新曜社 https://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1572-7.htm



*
3 「群像新人文学賞「美しい顔」関連報道について及び当該作品全文無料公開のお知らせ」(2018年7月3日、講談社HP
http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/180703_gunzo.pdf



*4 金菱清編『悲愛
あの日のあなたへ手紙をつづる』2017 新曜社

https://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1515-4.htm

*5 金菱「ライティング・ヒストリーの展開」『フォーラム現代社会学』172018: 137-147.




>>>>東北学院大学 金菱 清 「美しい顔」(群像6月号)についてのコメント(2018.7.6)
   へ



9784788512702

金菱清 編
東北学院大学 震災の記録プロジェクト 
3.11 慟哭の記録
――71人が体感した大津波・原発・巨大地震
四六版560頁・定価2940円
発売日 12.2.20
ISBN 978-4-7885-1270-2



 

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2018年8月 7日 (火)

小杉亮子氏、『東大闘争の語り  社会運動の予示と戦略』を上梓して

ウェブ「現代の理論」15号に、著者・小杉亮子氏による「否定的な集合的記憶を乗り越えるために-『東大闘争の語り  社会運動の予示と戦略』を上梓して」が掲載されております。掲載誌ご担当者さま、ありがとうございます。お礼申し上げます。

ウェブ「現代の理論」15号へリンク
「否定的な集合的記憶を乗り越えるために-『東大闘争の語り  社会運動の予示と戦略』を上梓して」



9784788515741

小杉亮子 著

 

東大闘争の語り
――社会運動の予示と戦略

 

A5判上製480ページ
定価:本体3900円+税
発売日 2018年5月15日
ISBN 978-4-7885-1574-1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月24日 (火)

◎新曜社<新刊の御案内>■メール版 第182号■

2018年7月20日発行
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
◎新曜社<新刊の御案内>■メール版 第182号■
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

◇トピックス
_______________________________
◇書評・紹介
下記書評掲載されました。評者の先生がた、そして掲載紙ご担当者様には深くお礼申し上げます。ありがとうございました

◇フェア情報
三省堂書店神保町本店
「ここにあります!売れている心理学書2018」
フェア開催第一週、順調な売れ行きです! 
心理学書販売研究会13社の売行良好書520点と新刊が勢ぞろい、
~8/31(金)まで開催。
三省堂書店神保町本店5階フェアコーナー。ご来店をお待ち申し上げます。

丸善丸の内本店フェア
「公認心理師の仕事場─2018年9月9日(日)第1回公認心理師試験にむけて」
8月7日から9月3日まで開催予定です
______________________________
◇近刊情報
______________________________


7月下旬発売予定
------------------------------------------------------------
『街に出る劇場』
──社会的包摂活動としての演劇と教育
------------------------------------------------------------
石黒広昭 編
A5判並製230頁・予価2400円+税
ISBN 978-4-7885-1588-8  C1070
分野=演劇・教育

演劇を通して楽しみ、学び、成長する!
演劇活動が子どもの認知能力の向上に貢献し、学力向上に結びつくことは、OECDの調査でも報告されています。さらに、社会的スキルや自尊心の向上にも有効であることが報告されており、演劇関係者だけでなく、教育の場でも関心が高まっています。本書は、劇場関係者、演劇関係者、教育関係者など、多彩な人たちが、子どもたちが演劇活動に参加できるように取り組んでいる実践を紹介しています。今日、自分の持ち味、良さを認めてもらえず、自信がもてない子も少なくありません。従来の学校という枠を超えて、他者と協働し、互いに認め合い、楽しめる場としての演劇の力を知ることのできる一冊です。

8月上旬発売予定
------------------------------------------------------------
『感染症と法の社会史』(仮題)
──世界観としての感染症
-------------------------------------------------------------
西迫大祐 著
A5判上製320頁・予価3200円+税 
ISBN 978-4-7885-1589-5  C1030
分野=社会史・衛生学

病はいかに社会を形作ってきたか?
「伝染する」病には、コレラ、ペストからエイズまで色々ありますが、どれも人間を深層から怖がらせます。病の原因が特定されてもなお、その恐怖はぬぐえません。本書は、古代ギリシャから主にフランスでのパンデミック(大流行)を追いながら、人々が社会を(自分を)護るためにどのような法的・衛生学的対策をしたか、その思想的根拠を丹念にたどります。その結果わかったのは、感染症対策は人々の命を救うものである一方で、脅威を口実にして人間の統治を可能にする──「病にかかる人間は不道徳だから」──ということです。今
なおつづく感染症との戦いのなかで「統治としての衛生」に陥らず「避けうる病」をいかに減少させ社会を形成することができるか。その知恵をソンタグ、フーコーなどを参照しつつ、自らの史的調査でさぐる気鋭の力作です。



8月中旬発売予定
------------------------------------------------------------------
『障害者と笑い』(仮題)
──障害者表象をめぐる視線の変遷
------------------------------------------------------------------
塙 幸枝 著
四六判並製256頁・予価2400円+税 
ISBN 978-4-7885-1590-1  C1036
分野=メディア論・障害者学・哲学

なぜ笑ってはいけないのか?
「身障者」と「笑い」はもっとも結びつきにくいテーマです。「身障者を笑ってはいけない」「身障者が人を笑わせることはできない」などは社会的「良識」となって我々の身に染みこんでいます。しかし著者は、そこに根拠はあるのかと問い、笑いをめぐって障害者がいかなる視線のなかにおかれてきたかを主にメディア表象のなかに探ろうとします。従来の身障者像に乗っかって感動を売り物にする「感動ポルノ」が多いなか、新しい可能性を予感させる『バリバラ』(Eテレ)の意欲的試みなどを取り上げて、その企図と思想的意味を解明します。「笑い」という破壊的な力を手がかりに、既存の障害者イメージを瓦解させ、「差別する者─される者」の構図に大転換を迫る意欲的試みといえましょう。
_________________________________
編集後記
雑誌「群像」2018年6月号に掲載されました、「美しい顔」という小説について、弊社で刊行した『3.11 慟哭の記録』との表現の類似性をめぐる報道がございましたが、同書の編者でございます金菱清先生より二つのコメントをいただき、弊社サイトへ掲載いたしました。こちらご案内いたします

東北学院大学 金菱 清 氏
_________________________________
□電子メールマガジン:「新曜社<新刊の御案内> 」(不定期発行)
□HPアドレス http://www.shin-yo-sha.co.jp/
□blog:新曜社通信 http://shin-yo-sha.cocolog-nifty.com/
□twitterもよろしく:http://twitter.com/shin_yo_sha
□このメルマガは『まぐまぐ』を利用して発行しています。
□購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行って下さい。
□掲載された内容を許可無く転載することを禁じます。
□発行:株式会社新曜社 営業部
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-9 第一丸三ビル
電話  03(3264)4973(代)
FAX 03(3239)2958
e-mail info@shin-yo-sha.co.jp
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
次回発行は2018年8月中旬を予定しております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月20日 (金)

新刊 石黒広昭『街に出る劇場』

9784788515888

石黒 広昭 編

街に出る劇場
――社会的包摂活動としての演劇と教育

A5判並製232頁
定価:本体2400円+税
発売日 2018年7月25日
ISBN 978-4-7885-1588-8


7月26日配本、7月30日発売予定です。


はじめに 

 本書は何の本だろう。タイトルからそう思われた読者も多いことだろう。執筆者紹介を見れば、そこには劇場関係者、演劇関係者、教育関係者がいることがわかる。肩書きを見れば、実践家もいれば研究者もいる。その両方に関わる人もいる。

 本書の問いを一言でいうならば「パフォーマンスアーツは人間の成長に貢献するか」ということになるだろう。ここで取り上げるパフォーマンスアーツとしては、特に演劇に焦点があてられている。パフォーマンスアーツが私たちの社会にとって、そして、私たちの成長にとって必要とされるのは、それが「遊び」だからだといったら笑われるだろうか。私は人生を「ちゃんと遊べる」ことが何より大切だと思う。演劇を、遊びを

・・・・・・・・

《もっと読む 街に出る劇場 はじめに》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月19日 (木)

新刊 松尾 浩一郎・根本 雅也・小倉 康嗣 『原爆をまなざす人びと』

9784788515857

松尾 浩一郎・根本 雅也・小倉 康嗣 編

原爆をまなざす人びと
――広島平和記念公園八月六日のビジュアル・エスノグラフィ

A5判並製304頁
定価:本体2800円+税
発売日 2018年7月20日
ISBN 978-4-7885-1585-7


7月20日配本、7月23日発売予定です。


あとがき 

 これはいったい、なんなのか。八月六日の平和記念公園で繰り広げられる光景を目の前にして、私たち共同研究メンバーの多くが抱いたのはこの単純な疑問であった。明け方の原爆供養塔で一人祈る高齢者、平和記念式典の会場に入りきれずモニターで式典をじっと眺める人びと、原爆慰霊碑に参拝するために暑い日差しのなかで長時間待つ人びと、原爆ドームの周辺で平和を訴える人びと、元安橋で歌う歌手、灯篭流しに訪れる親子、深夜の慰霊碑に線香を捧げる若者たち……。私たちは、この日の平和記念公園でよくわからない、うまく説明できない光景に遭遇した。

 私たちは映像撮影という手法を採用した。映像として記録し、それを繰り返し見ることによって、私たちが目の当たりにした光景を理解しようとした。だが、映像には

・・・・・・・・

《もっと読む 原爆をまなざす人びと あとがき》

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月11日 (水)

書評 図書新聞 7月14日 2018年付 小杉亮子 著『東大闘争の語り』

弊社刊行『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』
図書新聞 7月14日 2018年付にて、
紹介されました。評者は皆川勤氏。評者の先生、書評誌ご担当さまにこころよりお礼申し上げます。ありがとうございました。


……………………
このように述べていく著者が提示する「予示」的なるものを、あえて収斂させた言い方をするならば「ひととひととの関係や共同体のあり方」を問うていくものであると理解していいのではないか、とわたしは思う。国家の有様を変革するためには、まず国家権力の奪取ありきというのはロシア革命以降のロシア・マルクス主義の誤謬でしかない。マクロなものとミクロなものはコインの裏表だと思う。ミクロなものが集積してマクロなものがかたちづくられると、わたしなら捉えたいから、「予示的政治」と「戦略的政治」に関して、留保したいことがある。それは、「政治」ではなく、「反政治」とすべきではないかということだ。あるいは、「行為」、「行動」といいかえてもいいかもしれない。かつて、わたしは、「行為の共同性」ということに拘泥していたから、そのようにいいたいわけではないが。

 わたしが、全共闘という諸相に距離を置き、振り返ることを忌避し続けてきたのは、無党派、ノンセクトと括ることの安易さと、結局、党派によって主導され、安保決戦なる空疎な設定で全国全共闘を結成したことへの疑義があるからだ。しかし、本書には語り手それぞれの現在も述べられていて、そこではまぎれもなく、「人と人との関係や共同性のありかた」をいまだに問い続けていることが示されている。

 著者に誘われて、わたしもまた、もう一度、全共闘の有様と行動(行為)に関して再考すべきだと喚起されたといっておきたい。



9784788515741

 小杉亮子 著

東大闘争の語り
――社会運動の予示と戦略

 A5判上製480ページ
定価:本体3900円+税

発売日 2018年5月15日
ISBN 978-4-7885-1574-1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

書評 ハンス=ジョージ・メラー著/吉澤夏子 訳 『ラディカル・ルーマン』

ハンス=ジョージ・メラー著/吉澤夏子 訳
ラディカル・ルーマン――必然性の哲学から偶有性の理論へ
の書評が、「図書新聞」7月7日号に掲載されました。評者は犬飼裕一氏。
評者の先生、書評誌担当者さまには心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

ラディカルという言葉の意味論的転換 犬飼裕一
・・・・・・
・・・・・・

・・・・・・メラーは、もしもルーマンが明快な文章で書いたならば、「68年以降のドイツの学会から徹底的に排斥さてる恐れなしにはけっして言えるはずのなかった多くのことを実際にいうことができた」(19頁)と指摘する。それを晩年のインタビューにあるルーマンの表現を使って「トロイの木馬」と呼ぶ。ルーマンの「眠くなるような」文体は、内部に傭兵を隠した木馬であり、既存の学会や知的世界の城壁内に潜り込むための偽装でもあったと考えるのである。
ルーマンの考えでは、左翼が行ってきた資本主義への批判のような「視野の狭い批判」よりも、自分がやっているような「徹底的に構成された概念的な社会理論」の方が、「結果において、はるかにラディカルで不安を煽るもの」(20頁)なのである。
現にルーマンの理論では、従来の理論家や思想家が最終的に依存してきたヒューマニズムの前提が慎重に取り除かれ、代わりにルーマンが「機能」と呼ぶ概念によって分化したさまざまなコミュニケーションが登場する。ルーマンの「ラディカル」さは、単に政治的な見解の問題にとどまらない。近代哲学がプラトンやヘーゲルから哲学が受け継いだ魂と身体の二分法や、身体に対する魂の優位といった観念も、「ラディカルな反ヒューマニズム」の中に解消していく。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・


9784788515536
ハンス=ジョージ・メラー 著/吉澤夏子 訳

 

 

四六判上製256頁
定価:本体3500円+税
発売日 18.1.31
ISBN 978-4-7885-1553-6

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 6日 (金)

東北学院大学 金菱 清 「美しい顔」(群像6月号)についてのコメント

「美しい顔」(群像6月号)についてのコメント

             2018年7月5日   東北学院大学 金菱 清

私は7月2日に『3.11慟哭(どうこく)の記録』の出版元である新曜社を通じて、短いコメントを発信しました。

 震災をいまだ言葉で表現できない被災者が多い中で、それを作家自身がどのように内面化するのかが問われています。本書『3.11慟哭の記録』は、容易に表現できない極限の震災経験を、編者の求めに応じて被災者が考え抜き、逡巡しながら綴った「書けない人々が書いた記録」です。単なる参考文献の明示や表現の類似の問題に矮小化されない対応を、作家と出版社に望みたいと考えています。(2018.7.2)

 私ども東北学院大学金菱ゼミナール・震災の記録プロジェクトは、この7年間震災と向き合い、毎年のように言葉を綴って出版してまいりました(『呼び覚まされる霊性の震災学』私の夢まで、会いに来てくれた『悲愛』 『3.11霊性に抱かれて』等)。

そのなかで一番初めに出した

金菱清編『3.11慟哭の記録―71人が体感した大津波・原発・巨大地震』(新曜社2012)

は、560頁50万字を超える文字だけで綴られた被災当事者による震災の記録集・手記です。それらは、次のように評価されているものでもあります。

 「巨大地震、大津波、原発事故に遭遇した71人の被災者が直後に万感の思いをこめて記録したものだけに、その価値は日本民衆史に残る。福島原発の大事故について19編の証言や告発などが胸を打つ」(歴史家・色川大吉氏 共同通信配信2012年3月25日ほか)

 「一人として同じではない被災者たちの等身大の言葉は「人類史の記録」として大きな意味を持つ」(共同通信配信「連載土地の記憶・人の記録:大震災から1年半」2012年9月11日ほか)
 
 「ひとたび読み始めれば、感じるのは重さではなく人間の体温。時が経つほど価値を増す一冊」(AERA 2012年5月21日号)

 小説「美しい顔」(以下、本小説)において『3.11慟哭の記録』(以下、慟哭)との類似箇所が見られたわけですが、当初情報として類似箇所は何かを知らされていないなかで、本小説を拝読しました。では、50万字にものぼる慟哭の文字量のなかからどのようにして10数箇所の類似箇所が判明したのか。その作業は実はまったく難しくはありませんでした。

 といいますのも、本小説を読みますと、慟哭を詳細に照らし合わせるまでもなく、すぐにああ、これは慟哭の手記のこの方やあの方からモチーフを採ったものだとわかるレベルでした。その意味では、内容の成熟度に関わらず、学生のレポートでもネットから情報を採って自分の文章として加工してくる手法と大差がありませんでした。一般的に教育の世界では、こういうことをしないようにと学生に教えています。ですので、その程度の執筆のルール違反の問題だと考えています。それは小説だけ例外として看過するわけにはまいりません。慟哭の記録は単なる素材ではありません。

 それよりも、今回問題になっている表現の一言一句ではなく、ことの本質はその当時の『人間の体温』や『震災への向き合い方』にかかわるものだと感じました。

 慟哭の中でも最も多くの箇所が参照されている手記は、まさにその当時避難所で物資も情報もない中で、無神経に取材にやってくるマスメディアに向けられた「怒り」を表したものであったわけです。このモチーフは本小説でも踏襲されていると感じられました。

 あるいは別の手記において、食べ物のない、物資の届かない極限の状態のなかで「盗み」をせざるをえず、生きたいという感情からだったと自分をなんとか納得させる描写は、その当時の人の立場でなければ体現できないもので、これは現実の想像をはるかに超えるのです。そのモチーフも本小説に同様に見られました。

 震災は、ネットで溢れているように「面白い/面白くない」とか「飽きた」という消費の対象ではむろんありません。3.11の前だけや、こうした問題の時だけに思い出す対象でもありません。被災者は毎日震災との付き合いを余儀なくされているのです。

 一例でいえば、私が教えている大学には、津波で父母、祖父母を亡くしたり、いまなお行方不明の学生がいます。しかし学生同士で震災は話題にしづらく、たとえば同級生には父母は離婚をしたと嘘をいわなければやっていけません。嘘で表面を取り繕わなければならない、そんな現実に向き合いながら、一歩一歩薄氷を踏むように言葉を紡ぎだしているのです。


 果たして、本小説の作家や出版社、あるいは今回の件で報道するメディアの方々はこのような未だ言葉にも出せず、一人で黙して涙している人々に対して、フィクションであれなんであれ言葉を与えることになったのでしょうか? そのような向き合い方をされているのか問いたいと思っています。それは震災を読み込む人にも問われていると思われます。被災地在住の有名な小説家も7年経ったいまなお、震災について言及しえず、一言も語っていないといいます。言葉のプロの作家でさえ震災の問題を内面化し、自らの言葉とするのは、それほどまでに、簡単ではありません。


 その意味からいえば、究極的に、立場の違いはあれ、震災が人間という存在を今なお揺さぶるものである以上、震災において本質的に表現できないものとは何かという問いを突き詰めていく作業が、震災を表現することではないでしょうか。


>>>>>PDF版はこちら


>>>>>「美しい顔」に寄せて――罪深いということについて(18/07/17)


9784788512702金菱清 編
東北学院大学 震災の記録プロジェクト 
3.11 慟哭の記録
――71人が体感した大津波・原発・巨大地震
四六版560頁・定価2940円
発売日 12.2.20
ISBN 978-4-7885-1270-2

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年7月 4日 (水)

◎新曜社<新刊の御案内>■メール版 第181号■

2018年6月12日発行
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
◎新曜社<新刊の御案内>■メール版 第181号■
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
◇トピックス
_______________________________
弊社刊行『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』 刊行を機に、
週刊読書人2018年5月25日号にて、

対談=小杉亮子×福岡安則
「東大闘争が問うたもの 己の生き方を今問うために」
が企画されました。

対談者の先生方。企画されたご担当者様に心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。
朝日新聞土曜版be「フロントランナー」で、
『虐待が脳を変える』 (四六判・本体1800円)の著者・友田明美氏が紹介されました。

https://www.asahi.com/articles/DA3S13508456.html
この回とても反響が大きかったと翌週の同欄に記されていました。

◇お知らせ

「よりみちパン!セ」シリーズ 再スタートしました

「学校では教えてくれなかった」生きるための知恵の数々を、第一線の書き手
が書き下ろす、〈中学生以上すべての人のための〉ノンフィクションシリーズ
「よりみちパン!セ」が、装いもあらたに、弊社から再スタートされます!
岸政彦氏書下ろし新刊第1弾のほか、増補改訂版5点を復刊いたしました。
シリーズサイト
→https://www.shin-yo-sha.co.jp/series/yorimichipensees.htm
シリーズ再スタートを記念して下記、各講演会を行います。
ぜひお越しください。
●7月21日(土)17時~@蔦屋(梅田)
「はじめての大阪」(岸政彦さん×柴崎友香さん さきの字は大ではなく立)
_______________________________
◇近刊情報
_______________________________


7月上旬発売予定
--------------------------------------------------------------
『ハイブリッド・エスノグラフィー』
──NC(ネットワークコミュニケーション)研究の質的方法と実践
--------------------------------------------------------------
木村忠正 著
A5判並製336頁・本体3200円+税
ISBN 978-4-7885-1583-3 C3036
分野=人類学・社会学・インターネット
広大なネット社会を見極める方法
協力者の生活の「現場」に参加・観察し記述する。これが人類学の代表的な参与観察研究法です。しかし、デジタル機器やインターネットに媒介される現代のコミュニケーションは現場に参与・観察できず、研究法は変革を求められています。そこで著者が提唱するのが、定性・定量の両面から迫り、多時的・多所的なデータ、干渉型・非干渉型の組合せという複数の意味をもつハイブリッド・エスノグラフィーです。本書ではその可能性が、机上の理論ではなく、日米デジタルネイティブの比較調査、モバイル機器利用から見るデジタルデバイ
ド調査、日本最大のニュースサイトのコメントというビッグデータを用いたオンラインエスノグラフィーなどの着実な知見をもたらす実践で明らかになります。今後のネットワークコミュニケーション研究の道標となる分析としても、ビジネス界でニーズの高まる研究法、エスノグラフィーの大胆な革新としても読むことができる著者の集大成です。



7月上旬発売予定
--------------------------------------------------------------
『原爆をまなざす人びと』
──広島平和記念公園八月六日のビジュアル・エスノグラフィ
--------------------------------------------------------------
松尾浩一郎・根本雅也・小倉康嗣 編
A5判並製304頁・予価2800円+税 
ISBN 978-4-7885-1585-7 C1036
分野=社会学・質的研究・広島
本と映像のコラボレーション!
毎年八月六日、広島原爆忌式典の行事とは別に、その場所には遺族や関係者だけでなく、平和を訴える人びと、歌を歌う人、原爆慰霊碑に手を合わせに来る親子連れや若者たちなど、無数の人が、それぞれのやり方で、それぞれの思いで、原爆と向き合っています。本書は、ほとんど伝えられることのないその驚きに満ちた多彩な光景の全体像を、映像を駆使したビジュアル・エスノグラフィという新しい手法をもちいて捉えました。新曜社のウェブサイトで、制作された六つの映像作品を視聴でき、本と映像のコラボレーションも本書のユニークな特徴です。ビジュアル・エスノグラフィの方法についても具体的に解説されているので、まだ新しいこの方法へのよき案内書ともなっています。



7月中旬発売予定
--------------------------------------------------------------
『自己語りの社会学』
──自己と社会を理解する
--------------------------------------------------------------
牧野智和・西倉実季・鷹田佳典・桜井厚・伊藤秀樹・中村英代・森一平・
湯川やよい・野口裕二 著
四六判並製272頁・予価2700円+税 
ISBN 978-4-7885-1586-4 C3036
分野=社会学・質的研究

自己・人生・経験を語る意味とは
「自己を語る」営みに着目する生活史、ナラティブ、ライフストーリー、対話的構築主義など多様な方法論の競演が実現した待望の社会学論集。「いま、ここ」の自己物語の深まり、「生活・人生としてのライフ」の探求の広がりが近年際立っています。自己表現の語り(ライフログ、一人芝居、ドクターズストーリーズ、転機、共に書く自分史、たった一人のライフストーリー)と、問題経験の語り(薬物依存からの回復、ペドファイル(幼児性愛)論争、当事者視点)の2部構成から自己のあり方と現代の生きづらさに迫ります。エスノメソドロジー、セクシュアル・マイノリティ、サファリング、当事者研究のコラムにもご注目ください。

_______________________________

◇奥付
_______________________________
□電子メールマガジン:「新曜社<新刊の御案内> 」(不定期発行)
□HPアドレス http://www.shin-yo-sha.co.jp/
□blog:新曜社通信 http://shin-yo-sha.cocolog-nifty.com/
□twitterもよろしく:http://twitter.com/shin_yo_sha
□このメルマガは『まぐまぐ』を利用して発行しています。
□購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行って下さい。
□掲載された内容を許可無く転載することを禁じます。
□発行:株式会社新曜社 営業部
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町3-9 第一丸三ビル
電話  03(3264)4973(代)
FAX 03(3239)2958
e-mail info@shin-yo-sha.co.jp
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

次回発行は2018年7月中旬を予定しております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 2日 (月)

記事紹介 岸政彦著『はじめての沖縄』 6月30日付日本経済新聞

岸政彦著『はじめての沖縄』 の紹介が6月30日付、日本経済新聞書評欄に掲載されました。掲載紙ご担当者さまにこころよりお礼申し上げます。

ありがとうございました。
・・・・・・親切にするために、無意味な規則を破る。自分のルールで人に優しくする。「自治の感覚」を持つ人が沖縄にはたくさんいる。なぜなのか。

著者は沖縄がたどってきた歴史に目を向ける。戦争中の体験だけでなくその前後の生活史全体を聞き取る。そして見いだされた「社会秩序が一時的に解体した経験」が、沖縄にある自治の感覚の原点ではと考える。
めんどうくさい本であるとともに「『役に立つ』本ではない」とも記されている。沖縄の時事や歴史の解説が欲しいなら、確かにそうだ。ここにあるのは、境界線上の真上で考え続けるために必要な視座だ。








9784788515628

岸政彦 著
はじめての沖縄
――

 

 四六判並製240頁

 

定価:本体1300円+税
発売日 2018年5月5日
ISBN 978-4-7885-1562-8





| | コメント (0) | トラックバック (0)

«書評 『ヒト、この奇妙な動物』 讀賣新聞 2018年6月24日付